第13話
がさがさと草葉をかき分けて、それは凄まじい速さで進んでいた。それによる風、というよりは空気が顔にぶつかる感触を覚えながら、ジンは満足そうに言う。
「よし、このまま一気に追いつくぞ!」
「それはいいけど、あんまり揺らさないで――」
ミネットが言いかけたところで、木の根でも乗り越えたのか、がたんっと大きく揺さぶられ、彼女は危うくバランスを崩した。辛うじて体勢を立て直してから抗議に叫ぶ。
「揺らさないでって言ったでしょ! 落ちたらどうするのよ!」
「そ、そんなこと言われても無理っすよぉ!」
反駁したのは、キュルである。
彼はそうしながら――ジンたちの乗る自転車を、必死に扱いでいた。
それは先ほどの木こりの家から盗み出したものだった。恐らく街道を使っての移動や、荷車を使うほどでもない簡単なものの運搬に利用していたのだろう。その証拠に、後部には荷物を括り付けられる小さな台が付けられていた。
ジンとミネットが乗っているのは、その台である。もちろんふたりが座れるはずもないので、半ば以上、後輪を止めるボルトの出っ張りに足をかけている状態だったが。
その上でキュルの肩にしがみつき、こちらはこちらで振り落とされないよう必死だった。
なにしろ走っているのは、森の中なのだから。
「三人乗りの自転車ってないんすかね……おいらだけ扱ぐなんて、なんか不公平っすよぉ」
ぜえはあと息をしながら、キュルが不服そうに言ってくる。しかしそれでも彼は獣人らしい怪力と野生的なバランス感覚で、本来ならば到底走れない森の中を強引に進んでいた。
目指すのはもちろん、悪しき盗賊団が逃げたという山道である。
木こりが言うには、彼らは『ジャッカル軍団』と名乗っているらしい。荒廃した東の国から現れ、西の国へと逃げる途中に、行きがけの駄賃気分で盗みを働いたようだった。
「そんな気軽にお宝を盗もうなんて、ふてぇ野郎だ!」
「それ、本気で言ってるわけ?」
「当然だ!」
ミネットの向けてくる半眼に、ジンはあくまでも堂々と言ってのけた。一方でキュルは、
「うぅ、そっちは楽しそうで、いいっすね……代わってほしいっすよぅ」
「これはお前にしかできない役目だ。風に強くなかったんだし」
「そりゃ、そうっすけどぉ」
それでもやはり、キュルは不満そうだった。どころか流石に疲れてきたのか、次第にペースも落ちてきているようで……ジンはしばし考えると、それじゃあと閃いた。
「ここで手柄を立てれば、お前の好きなものを食わせてやるぞ!」
「え、ほ、ほんとっすか!?」
安直で古典的な誘惑だったが、キュルには効果的だったらしい。彼は声を弾ませると、
「じゃあおいら、マグロの刺身がいいっす!」
「……こいつ本当にロバなのか?」
「もうキメラでいいんじゃない?」
しかしともあれ、キュルは力を取り戻してペダルを扱ぎ始めたようだった。
みるみるうちに速度が上がり、草葉を蹴散らし、木の根を乗り越え、腐葉土を抉り取りながら、上り坂になっているはずの山へ続く森を駆け登っていく。次々と流れていく針葉樹を眼前に、時折は低い位置に伸びていた枝をミネットと共に辛うじて避け、顔を青ざめさせることもあったが……そうやって進んでいくと、次第に右手側の視界が開けていった。
そしてさらにしばしすると、今度は完全に地平線と、その手前に、山を切り拓いて作られたらしい、舗装された山道が見えるようになった。
山道に沿って走る崖の上に辿り着いたらしい。
高さは山道から見て、人間の基準で言えば、空中で三度ほど追加でジャンプができれば手が届くという程度か。もっとも完全な崖というよりは、急斜面に近かったが。
「あ! ボス、あれ見て!」
その時、ミネットが声を上げた。未だに自転車は走り続けているため、キュルの肩においた手を外すことはできないが、それでも懸命に指を立てて山道の先を示すのだ。
そこに見えたのは、一台の荷車だった。白い布の屋根を被せて、側面には大きな絵が描かれている。それは木こりの家の柵にあったものと同じだと思えた。ただしこちらはハッキリと、なんの絵であるのかがわかる――伝説に登場する、おぞましい女神の姿だ。
木こりの家から盗み出されたものだろう。となれば彼らこそ、伝説の斧を奪った悪しきジャッカル軍団に違いなかった。荷車を引いているのは馬、というより馬族の獣人らしい。
(俺の住んでた町では人が車を引いてたけど、それの獣人版ってことか)
もっとも人間の町では、それも既に時代遅れになりつつあったのだが――ともかく。
「キュル、作戦通りに行くぞ! 一度あいつらを追い越すんだ!」
「作戦はさっぱり覚えてないっすけど、了解っす!」
指示と同時に、やる気をみなぎらせる部下は、山道を見下ろす斜面から滑り落ちないようバランスを取りながら、またスピードを上げて森の中を真っ直ぐに突き進んだ。
ジャッカル軍団を横目に追い抜き……辿り着いたのは少し先。山道が森の方へと大きくカーブを描き始めた辺りだった。
森が山道によって途切れている。
「よし、ここだ!」
「了解っす!」
合図を出すと同時にキュルは、ずぞぞぞぞっと腐葉土を蹴散らし、後輪を滑らせながら自転車を急停止させた――その衝撃によって、後部に乗っていたふたりは森の中へと放り出されることになった。
「お前……マグロ取り消し」
「なんでっすか!?」
木肌に顔面を貼り付けながら呻いたジンに、キュルは心底理不尽そうな声を上げたが。
ともかくジンは、海老反った格好で痙攣しているミネットを助け起こすと、顔についた土を拭き取りながら気付けしてやった。ハッと目覚めた彼女に、告げる。
「出番だぞ。お前は作戦を覚えてるよな?」
「当然よ。とうとうあたしの本領が発揮できるんだから!」
彼女は自信満々に、そしてどこか意地を張っている風に頷いた。
ビシッと挑戦状のように、ジンに向かって指まで突き付けて、
「見てなさいよ、ボス! そして心を入れ替えるといいわ!」
「……本当に作戦覚えてるのか?」
そんな話ではなかったはずだがとジンは混乱したものの、彼女はあくまでも大丈夫だと告げて、すぐさま行動に移った。斜面となった崖を滑り、山道へと降りていったのである。
「……まあいいか。とにかく俺たちも準備するぞ!」
「準備って、おいら作戦も覚えてないんすけど」
「そういやこいつはそうだったな……」
がっくりと項垂れる。しかし落ち込んでいる暇はなく、ジンは素早く気を取り直した。
「簡単に説明すると――俺が斧を盗み出すまでお前らがアレを足止めしておくってことだ」
そうして山道の方を指差すと、そこに丁度、ジャッカル軍団が現れようとしていた。
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