第50話
「グルゥゥゥウオォォ!」
不気味な雄叫びは、しかし今度は威嚇の類ではなく、はっきりとした悲鳴として通路内に響き渡った。怪物はその巨体を止め、倒れ込みそうなほど大きく仰け反ったのである。
数歩分、今までは逆にキュルから遠ざかるようによろめく。辛うじてのところで倒れず、踏み止まりはしたようだが、それでも明らかに様子はおかしかった。
「な、何? どうしたのよ、急に?」
「ひょっとして……口の中で石が割れて、痛がってるんすか!?」
「いや、違うと思うが……」
キュルの推測に、曖昧に呻く。もっとも理由はわからず、正しい反論もできなかったが。
ただ三人の眼前で、怪物は明らかに苦しそうに身悶えていた。さらにはしばし呆然と見守っていると……その身体に、奇怪な変調が現れる。
最初は痙攣や、電気ショックを受けたような不可解な間接の動きだったが、その間に怪物の巨体が、ますますもって大きくなっていったのである。
針のような体毛が異常に伸び始め、突出していた肘や肩の関節、後頭部がさらに肥大化し、もはや真っ当な生物ではない形を作り始める。
「まさか、まだ巨大化するっていうの!?」
「えぇっ!? そ、そんなのなしっすよー!」
獣人たちの絶望的な声を聞きながら、ジンも同じく青ざめていた。
(秘宝を取り込んだ? だとしたら……!)
大秘宝『エクセリス』。それは獣を獣人へと進化させた代物だと伝えられている。
それによって膨大な力を手に入れ、人間が辺境へと追いやられることになったのだ。
となれば、その力を体内に取り込んだらどうなるか。
ただでさえおぞましい力を持っていた生物が、さらに強大になるとしたら。
絶望的な推測に、ジンは胸中で悲鳴を上げた。
(俺たちが殺されるってどころじゃねえぞ!?)
ォォオオオオオオオ――!
禍の吼える声は、もはや鳴動としか呼べないようなものになっていた。
さらにはそのために開けた口の中では、牙が自らの顎を貫き、異様に伸びた舌が赤黒い体液を垂らし、口の端が避けると、ほとんど喉元まで到達しようというほどにまでなる。
目が今まで以上の赤に染まったのは、紛れもない血液のせいだろう。今までとは正反対に、分厚い瞼を押し退けてぎょろりと突き出し、その上に体毛が覆い被さった。
ずんぐりとしていた猪めいた身体ははち切れるかと思うほど膨れ上がり、異様に広がった股関節から伸びる足は、爬虫類のような曲がり方をし始めている。
そして極め付けには――
肥大化したその全身から、突如として血飛沫が噴き上がったのだ。
「なっ……?」
鮮血。それが突如、怪物の身体から通路へと撒き散らされた。
胸のむかつく臭いのする赤い体液が、近くにいたキュルはもちろん、ジンやミネットにまで飛び散ってくる。
三人は驚愕と恐怖の中で呆気に取られて目を見開き、そうした光景に目を釘付けにされた。何が起きているのかわからず、混乱に言葉を失う。
その間にも怪物は血を流し続け、悲鳴すら上げる余裕なく身悶えているようだった。それでも倒れなかったのは怪物の力のなせるものか、単なる偶然か。いずれにせよ怪物は苦悶しながら……次第にその身体を、今度は反対に小さくさせていったのである。
血を失い、萎んでいくようだった。
実際にはもっと気味悪く、おぞましいことが、体内で起きていたに違いない。
ジンはそう感じたが、それは怪物が縮まっていく中、身悶えるだけでない、例えば骨のないタコや、蛇腹折の紙を閉じるような、奇怪な動きを見せたためである。
怪物はその時になってようやく倒れ込んだ。うつ伏せになったのは、三人にとって幸運だったかもしれない。少なくとも血を流す不気味な顔を見ることがなかった。
いずれにせよ――秘宝を封じる怪物は今度こそ、完全に動かなくなったのである。
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