第23話
「いやー、追い剥ぎ大成功っすねー」
市壁のそびえる町の入り口で、キュルは満足そうに頷いた。
手にした小さな袋には、貨幣がいくらか詰まっている。あの老馬から戴いたものだ。
が――部下のひとりが声を上げた。
「って、ただ俺たちが荷車引くのを手伝っただけじゃねえかっ」
それにキュルは、心外そうな顔を返した。小袋を見せながら、
「でもほら、お金貰えたっすよ?」
「そりゃただの手伝い賃だよ!」
「これじゃ俺たち、盗賊じゃなくて荷車引き代行だろ!」
「荷車引くのも誰かを襲うのも、疲れるのはあんまり変わんないっすよー」
「そうじゃなくてだな!」
のんきに笑うキュルに対し、苛立ったように部下が言う。
その後ろではさらに別の部下たちが、「やっぱりこいつダメなんじゃないか?」とか「仕方ないだろ、俺たちこいつに叩きのめされたんだから」とか「だからってこいつを親分にするのは間違いだっただろ」とか、声を潜めて言い合っていたが。
「とにかくこれで食べ物が買えるっすね。何がいいっすかねー。やっぱりマグロとか……」
――その時である。
市壁の向こう。つまり町の中から、甲冑と槍で武装した数十の集団が、足並みを揃えて駆けてきた。そしてそれらはキュルたちを見つけると、素早い動きで扇状に展開して、
「お前たちだな、盗賊団というのは!」
「え? な、なんだ? どうなってんだ!?」
「俺たちまだなんにもやってねえってのに……!?」
動揺する盗賊たちの前で、中央に立つリーダー格のひとりが声を上げる。
「我々は王国より派遣されている、盗賊討伐隊駐屯部である! 先ほど老馬から、追い剥ぎに遭ったという通報を受け、貴様らの討伐に来た!」
「そ、そんなー!?」
声を上げたのはキュルだった。さらに他の盗賊も「だから言わんこっちゃない!」などと非難の声をキュルにぶつけていたが。
「くそ! もうこんな親分なんかに付いていけるか!」
「俺もだ! やってられっかってんだ!」
口々に言うと、彼らはキュルを置き去りにして、一目散に逃げ出した。
「あぁっ、ちょっと待つっすよー!」
「逃がすか、追えー!」
討伐隊が一斉に動き出し、逃げた盗賊たちよりも、残ったキュルの方へと殺到してくる。
「ひーん! なんでおいらだけなんすかー!」
理不尽に涙声を上げて抗議しながら、キュルも必死に逃げ出した。
――町からは、真っ直ぐに伸びる表街道と、そこから分かれた裏街道が伸びている。
表街道の方は周辺が整備され、木々のない草原として広がっていた。反対に裏街道は木々が林立し、薄暗い不穏な道となっている。
そこに入ってすぐ、いくつかの廃屋が見えてくるのだが、それは過去、小さな村が存在していたためだった。裏街道は、その村と町を繋ぐ道として作られたに違いない。
もっとも町も、村も、裏街道も、元々は人間が作ったものであり、それをそのまま流用するのを嫌った獣人が、わざわざ遠回りになる場所に表街道を拓いたのだが。
しかしそうした遺恨など関係なく、キュルは廃村の中へと逃げ込んだ。
過去にはもっと整然としていたのだろうが、今やほとんど森と同化しながら、くすんだ色をした多くの残骸と、植物が絡まって緑色に見えるいくつか廃屋を残した跡地である。
キュルはそこで、討伐隊が追いかけてきて自分を捕捉する前に、姿を隠そうとしていた。そのために、真っ先に目に付いた、入り口に扉が付いている廃屋へと駆ける。
そしてそのままの勢いで、どばんっと扉を押し開けて、どばんっと力強く閉じた。
外から見えなくなり、ようやく少し安心して、やれやれと息を付くと――
「お前……なんだ?」
「へ?」
扉に背をつけてへたり込んだ頭上から声が聞こえ、キュルは喫驚して顔を上げた。
そこにいたのは鼻の凹んだ、狼の耳を持つ獣人だった。ふさふさした尻尾が、力なく垂れている。彼は明らかに警戒し、驚きながらも今まさに、腰のナイフを抜こうとしていた。
それが見えたため、キュルが慌てて叫ぶ。
「ち、違うんすよ! ちょっと事情があって、ある人たちに追われてて、ここに逃げ込んだけっす! だからちょっとだけ匿ってほしいんすよ!」
「ある人たち?」
「それはあの、えぇとっすね……」
首を傾げる狼の獣人に、キュルはどう説明していいのか困窮して――
しかしその手間は不要だったらしい。家の扉の前から声が聞こえてきたのだ。
「総員、突撃ー!」
そして次の瞬間――
雄叫びと共に槍が廃屋の壁や扉を貫き、甲冑を纏う兵士たちが現れた。
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