第24話

「のおおおおおおおおおっ!?」

 彼らの雄叫びにも負けないほど、キュルと狼の獣人は悲鳴を上げた。そしてふたり同時に、奥にある窓から外へと飛び出した。

「あ、あいつら、盗賊討伐隊じゃねえか!?」

 森の中に逃げ込みながら、狼の獣人が言ってくる。キュルは頭をかいて苦笑した。

「え、えへへ……実はおいら、盗賊でして……」

「てめえ、せっかく上手く見つからないようにしてたってのに!」

「あれ? っていうことは……同業者なんすか!?」

「なんでちょっと嬉しそうに言ってんだよ! 余計なもん連れてきやがって!」

 顔を明るくしたキュルを怒鳴りつけ、歯を見せてくる。そこはなぜか牙がなかったものの、キュルには気にしている余裕などなかった。

 それよりも、また別の怒声が飛んでくる。

「まったくよ! なんでよりにもよって、うちに来るのよ!」

「へ? ……あれ?」

 キュルは目を丸くした。それは狼獣人の方から聞こえてきたのだが、声も口調も全く異なっていたのだ。突然に彼が性別不詳に変貌したのかと思ったが――違うらしい。よくよく見てみると、彼も驚いて、キュルとは反対の方向を向いていた。

 そしてその視線の先には、小柄な猫の獣人がいた。

「な、なんだ、もう一匹いやがったのか!?」

「おいらの知り合いじゃないっすよぉっ」

 怒りの形相を向けてくる狼獣人に、すがるように言い返すキュル。それに同意して、猫獣人が声を上げた。

「そもそも、あの家を最初に使ってたのはあたしなのよ! それがちょっと屋根裏とか、高いところで寝てる間に、あんたが勝手に住み着いたのよ!」

 と言って狼獣人を指差す。そうしてから猫獣人は、なぜか照れたように視線を逸らすと、

「そ、そのせいでなんかこう、物語でよくある、突然の同棲から始まる何かみたいな、運命のあれ的なそういう感じになっちゃっただけで……」

「どういう感じだかわからんが……そういや時々、作った覚えのない料理があったな」

「あ、あれはあたしが食べようと思って、作り置きしてただけなんだからっ!」

「それならもっと早く、存在を主張すればよかっただろうが」

「それは……あんたが気付いてくれるのを待ってたのよ!」

「なんで待ってんだよ!?」

「だ、だから、その、つまり、その方が運命っぽいっていうか……」

「――って、そんな話をしてる場合じゃないっすよ!」

 奇妙な言い争いに、割り込んだのはキュルだった。

 振り返った視線の先に、討伐隊がすぐそこにまで迫ってきていたのである。

「くそ、あいつら思ったよりはええな!」

「当然よ。盗賊討伐隊は全員、足の速い種族で固めて、毎日追いかける訓練をしてるのよ。あたしたちみたいな盗賊を逃がさないためにね」

「ど、どうするんすか!? このままだと追いつかれちゃうっすよ!」

 キュルは助けを求めるように、狼獣人の方へ顔を向けた。

 彼はそれに対し、「お前が連れてきやがったくせに」という怒りの目を返してきたが。

「くそ! お前、獣人なんだからその辺の老木を殴り倒すとかできねえのかよ!」

 狼獣人は走りながら、森に点在する古木を顎で示してみせた。ほとんどヤケクソの、無理難題を吹っかけるトーンではあったが――

 キュルはそれに、なるほどと顔を明るくして手を打った。

「そっか、その手があったっすね!」

「……へ?」

 狼獣人がきょとんとした声を上げる。しかしキュルは構わず、それよりもふたりから離れ、近くに見つけた傾いでいる古木に駆け寄った。

 そしてふたりが思わず足を止め、何をするのかと見守る中で、腕を大きく振り被り、

「いくっすよー……必殺、すごいがんばって殴るパーンチ!」

 ずどんっ!

 その瞬間。地面が揺れたのかというほど、凄まじい爆音が森の中に響き渡った。

 キュルが繰り出した拳は、彼の肩幅ほどの太さがある幹の中央に突き刺さり……やがて微かにヒビが生まれたかと思うと、すぐさまめきめきと音を立てながら、自重を支えきれなくなった古木が、キュルたちの後方へと倒れ込んだ。

「うわっ、な、なんだ!?」

「木だ、木を倒しやがった!」

 目の前に突然木が降り、土煙を上げたとなれば、流石の討伐隊も動揺するらしい。

 彼らはその場で足を止め、混乱しているようだった。

 もっともそれは、狼と猫の獣人も同じだったが。

「お前……すごいな」

「そ、そうっすか? 照れるっすよー。えへ、えへへ」

 頭をかいて、照れ笑う。ほとんど涙目だったのは、当然だが木など殴ったせいだろう。腫れ上がった拳を残る手でさすりながら、時折ふーふーと息を吹きかける。

 それでも一応「普通の木じゃできないっすけど、これは上手くできてよかったっすよ」などと謙遜のような自慢を入れていたが。

「って、それより早く逃げるわよ!」

「おっと……そうだったな」

 猫の獣人に言われ、慌ててまた走り出す。討伐隊も間もなくリーダーに統率され、混乱を鎮め、再び追ってくるに違いないという気配があった。

 しかし、

「今のうちに、こっちよ!」

 猫獣人が狼獣人の手を引いて、突然に右へと曲がる。キュルもそれについていくと、彼女はさらに左、右と、次々に方向を変えて森の中を進んでいく。

「お、おい、いくらなんでも、適当に進むと迷って――」

「迷わないわよ」

 狼獣人の不安な声に、しかし彼女は不敵に笑った。

「むしろこっちに行けば、あいつらの手出しできない大きな町に着けるのよ」

「そうなんすか?」

「っていうか、そんなのがあるのか?」

「これでもあたしは大陸中を飛び回っててね。その辺の事情には、ちょっと詳しいのよ」

 彼女がそう告げる頃。森が途切れ、裏街道と似たような、だが砂利の多い土の道に出た。

 そこにはぽつんと――潰れた宿屋が建っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る