第3話
遺跡の中は当然、暗い。
少しでも奥へ行けば外界の光も消え去り、ランプの火がぼんやりと照らす限定的な範囲しか見えなくなってしまうと共に、肌寒さすらある冷気が漂っているのを感じる。異臭も先ほど以上に強くなり、唸り声のような響きがより大きく聞こえた。
しかしジンが真っ先に注意を向けたのは、自分たちの歩く通路そのものだった。
そう狭くもないはずの道は、壁に密着した太い柱が林立しているせいで窮屈な印象を与えてくる。ただそうした柱も含め、壁も床も天井もきっちりとした石造りで、よほど頑丈に造られれていたのか、経年劣化をほとんど感じさせないものだった。
そして何より、左右の壁一面に古めかしい絵が描かれていた。
古い時代にありがちな抽象的で雑多な絵だが、どれにも等しく人間めいた姿と、まだ四足歩行をしている動物の姿が見つけられる。人間の中には鞭を持った者もおり、ひょっとすれば獣人が、過去の恨みを忘れないようにと描いたものかもしれない。
(何が恨みだ、獣のくせに!)
自分の想像に自分で腹を立てながら、しかしともかく進んでいく。
すると壁画の通路はすぐに終わり、十字路に行き着いた。
「どっちに行ったらいいっすかね?」
と聞いてくるキュルに対し、ジンは少し考えてから無根拠に「左だ!」と断言する。部下はそれをさほど疑うこともなく頷き、素直に従って左へ折れた。
そこからは壁画が消え、代わりに不思議と、通路内に破損や劣化が目立つようになっていった。石を組み合わせたような壁はとても絵が描けるような平面ではなく、小さな穴や欠けが目に付いたし、床はところどころ押し上げられたように凸凹になり、柱がなくなった分だけ、天井が危うく傾いていると思えたほどである。
そうした内観のせいか、ジンたちはその後にいくつかあった脇道を無視して、ひとまず道なりに真っ直ぐ進むようになった。
もちろん、それでも緩いカーブや角に当たりながらではあったものの――歩き続けたのはどれほどの距離だったか。
結局、忌避されていたような怪物やおぞましい出来事などないまま、
「……あれ?」
と最初に声を上げたのは、キュルだった。
そして最後尾のミネットも次いで「何かしら?」と首を傾げる。
ジンは全くわからなかったが、「妙だな」と適当に調子を合わせて……それでも少し歩くと、ようやく理解できた。
通路の先から、唸り声とは違う音が聞こえてきたのである。
キュルがランプを高く掲げながら、歩を緩めて慎重に進んでいく。ミネットは身構え、ジンも腰に帯びたナイフを意識した。そうしてまたしばし進んでいくと、やがてランプの赤い光に、とうとう凸凹の石床だけではない、別の物が入り込んできた。
キュルが反射的に「ぎゃあ!?」と悲鳴を上げて逃げようとするのを押さえ、改めてそれを照らさせる。するとそれは――
「……板?」
なんということもない、砕けて転がっている木の扉だった。
「ってことは、だ」
舌なめずりするように呟き、ジンがキュルの腕を動かし、ランプを前へと突き出させる。
浮かび上がったのは、扉を失って口を開けている、一つの部屋だった。
「やっと道じゃないところに辿り着いたわね」
皮肉めいて言ってくるミネットを無視して、近付いていく。そこでようやく、先ほどから聞こえていた音の正体も判明した。
部屋の中に水が流れているのだ。
ただし通路にまで届いているわけではなく、入り口辺りの石床か沈んでおり、そこから地下へと落ちているらしい。
「なんでこんなところに水があるんだ? 遺跡の中に川でも流れてんのか?」
「お、おいらに聞かれてもわかんないっすけど……」
怯えというよりは戸惑いの様子になったキュルの返答を聞いてから、三人は恐る恐る部屋の中を覗いてみることにした。
水の流れ落ちていく目の前でランプを突き出すと、火の赤と混じる緑色が浮かび上がる。
部屋全体がそうした色をしているらしい。
広さは、ちょっとした豪邸の一室といった程度だろう。少なくとも入り口の外から突き入れただけの小さなランプでは、全体を完全に見渡すことができない。
しかしそれでも、半球状の高い天井に紋様が描かれているのが見て取れた。幾何学的な連結した八角形や、なんらかの規則性を思わせる星印が散りばめられ、奇怪な気配を漂わせている。それが上部にまでびっしりと続いているようだった。
さらに元々は、そうした多数の壁画や彫像が部屋全体を飾っていたのだろう。それがわかったのは、その彫像や壁画の類がほとんど崩れ、瓦礫が床を狭くしているためだった。
そしてその中に、足の裏が浸かる程度の薄さで水が張られているのだ。
「あ、親分! あれってなんすかね!?」
そうした部屋の隅に一つ。
奇妙にも健在な彫像を見つけたため、キュルは声を弾ませた。
一本角を生やした、羊と馬を掛け合わせたような見た目をした怪物の像だ。大きさはそれほどではなく、両手で持てる程度だろう。
その形がハッキリと見て取れたのは、彫像が水の上に立ったまま、時折内部から青白く発光していたためだった。石造りらしい外殻によって光は微弱に留まっているが、断続的に刻まれる影が、見た目と相まって不気味な雰囲気を醸し出している。
ただ――
「こういう変なものほど、高く売れるっすよね!」
得体の知れない生物は怖がるが、得体の知れない無機物はお宝だと喜ぶのが盗賊の性だろう。キュルもその多分に漏れず、今までの恐怖など忘れて目を輝かせたようだった。
「しかも光る機構付きだなんて、愛好家が喜びそうだわ」
「そうだな。目当ての物とは違うが、まあ行きがけの駄賃だ。貰っていくぞ!」
三人はニヤニヤと笑った顔を見合わせると、意気揚々と水浸しの部屋へ飛び込んで――
バヂバヂバヂバヂッ!
「ぎゃあああああああああ!?」
三人同時に、凄まじい電流を浴びて悲鳴を上げた。
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