第12話
先頭を歩くジンが立ち止まり、「待て」と静かに告げる。部下たちは存外素直にそれに従い、口をつぐんだ。目の前は一時的に森が途切れ、切り拓かれている。
それは明らかに人為的なものだった。足音を忍ばせながらぎりぎりにまで近付いて、木々の隙間から目を覗かせると、そこには家が建っていた。
切り拓いた際の木材をそのまま利用したような、完全なる木造の家、というよりも、ちょっとした屋敷だと言った方がいいかもしれない。
ジンたちの位置からでは横向きの姿しか見えないが、二階建てをした、やや鋭角な切妻屋根の一部に切れ込みが入っているのが見え、恐らくそれがジンたちの方向に開くのだろう。二階にあるなんらかの一室、あるいは天井裏に設えられた部屋、といった位置だった。
街道とは反対の方向に小さな階段の付いた玄関があり、ポーチというよりもベランダ状になっている。柵の頭には何か奇妙な木像が乗っているらしい。詳しくは見えなかったが、薄気味の悪い雰囲気を持つものではあった。階段脇に置かれた木こりの物なのだろう自転車が、辛うじてその恐ろしさを軽減している。
壁は基本的に丸太をそのまま使用しているため、木肌の色がそのまま出ている。ただし一部には、不可解な模様が描かれているようだった。その中に窓もいくつか発見できるが、どれもカーテンが閉められているため、中までは見通せない。
いずれにせよ奥行きだけでも民家の二、三軒分ほどはあるだろう。まして側面からでは計れない幅となれば、それに数倍するものに違いない。
さらにそうした家に隠れた奥には、いかにも様々なものが詰め込まれていそうな納屋と、材木置き場だろう横長の建物が存在しているようだった。建物の端が微かに覗いている。
「ここが、例の木こりの家ってこと?」
隣に並んで聞いてくるミネットに、ジンは無言のまま不敵な笑みで頷いた。
伝説を持つ木こりは、おかげでその界隈では名の知れた家系になっているらしい。その証拠が、目の前にある屋敷めいた家に違いなかった。並大抵の木こりであれば、反対に民家と同じか、それよりも小さいほどの建物で暮らすのが一般的だった。材木置き場を確保し、荷車などの運搬手段を準備しておく必要があるのだ。
「――つまりここの納屋にも、そういう荷車なりがあるはずだ。斧を盗み取ったら、その辺りも一緒に奪ってさっさと逃げるぞ。最悪、自転車でもいいな」
「あ、今なんか、嫌な予感がしたんすけど」
不安げな顔を向けてくるキュルを無視して、それよりも家の中へ忍び込む算段を立てる。
中にはまず間違いなく、誰もいないだろう。昼間を狙ったのはそのためだった。木こりが夜に留守だということはあり得ないし、木こりの家程度の狭さでは、眠っている間にこっそりと侵入するのも困難に違いなかったのだ。
「王宮と違って見張りもいないし、さっさと行ってさっさと盗んじゃいましょうよ」
「それがいいっすよ。ここは窓から出入り禁止って言われてないっすよね?」
「……いや、ちょっと待て?」
部下の言葉に、ジンも一度は同意しかけたのだが。
足音が聞こえてきたため、それを躊躇った。森の中に潜んだまましばし待つと……
「おーい、そっちはどうだった?」
「いや、ダメだ。そっちはどうだ?」
「ダメじゃなきゃ、聞く前に話してるってもんだ」
いくつかの呼びかけ合う声が聞こえてきたかと思うと、それに少し遅れて、声の主たちが街道から集まってきた。斧こそないが、いかにも木こりのような格好をしている青年か、あるいは中年の獣人たちだ。種族はバラバラで、犬もいれば馬もいる。
彼らは家の前に集結すると、深刻な様子で話し始めたのである。
「やっぱり街道は使ってねえみたいだ」
「となると森を抜けて、南の山道に行ったのか? そりゃ厄介だな」
「あっちは国境だろ? そこを越えられたら終わりだぞ!」
聞きながら、なんの話なのかと訝り、ジンたちは顔を見合わせた。
当然わかるはずもなく、首を傾げていると……突然、馬の青年が激昂した声を上げる。
「くそ、盗賊の奴らめ! まさかうちの家宝を狙ってくるなんて!」
その言葉に、ジンたちはどきりとした。思わず急いで逃げ出しそうになるが――
「いや待て、俺たちのことじゃないだろ」
よくよく考えれば、盗みはまだ行っていない。
そしてまさか、彼らがジンたちのことを予測しているわけもないだろう。となれば、
「先を越されたってことか!?」
はたと気付き、潜めながらも声を上げる。どうやら別の盗賊団が、偶然にも同じタイミングで、自分たちに先んじて木こりの斧を盗み出し、今まさに逃走したところらしい。
「えぇっ!? ど、どうするんすか!?」
「まさか無駄骨なわけ!?」
「くそ、盗賊の奴らめ!」
慌てる部下たちの声を聞きながら、自分は棚に上げて憎々しく歯噛みして、
「……よし。行くぞ、お前ら!」
しばし考えた後、決意して部下のふたりにそう告げた。
「え? 行くって、どこにっすか?」
「決まってんだろうが!」
返ってきた言葉に対し、ジンは苛立たしげに、森の奥へと目を向けた。
「他人の物を盗む、悪党共のところだ!」
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