第38話
ばぎんっ! と完全に鉄が割れる音が聞こえ、三人は再び壁の方へと向き直った。
と同時に、壁は崩壊を始めた。ぼろぼろと頭の下辺りから崩れ始め、石像はなおのこと繰り返す音声を大きくすると、決定的な一撃を与えようと、半身を引いて大きく構え……
「セイメ、イヲオオオオ……ッ!」
突き出した刃の一撃は。
しかし壁に触れるよりも早く受け止められた。
石像がそれに驚いたかはわからない。しかし後方で見ているジンたちは明らかに驚愕したし、当惑させられた。受け止めたのは、壁から突き出ていた彫刻の腕だった。
石の壁でしかなかったはずのそれが、動いているのだ。
いや――実際には少し違うかもしれない。ジンたちがそう理解したのは、その少し後だった。ぼろぼろにひび割れた壁が次第に崩れていったことで、それが完全にわかる。
壁の中から、彫刻だと思われていたおぞましい怪物が、拘束を引き千切るように、あるいは体表を破くように、生きて動きながら纏わりつく石壁の中から全身を現したのである。
「な……なんなのよ、あれ」
ミネットの震える声が聞こえてくる。全員が同じ気持ちだった。
全身が露になると、彫刻の怪物はますますもって不気味で、禍々しい印象を与えてきた。
腕から想像されたのとは少し違う、ずんぐりした身体は猪を思わせるが、それでも腕に引けを取らない強靭な足を持っている。
針のような体毛は黒々として、全身をびっしりと覆い尽くし、ところどころおぞましい赤黒い色に染まっていた。そうした体毛の覆う瞼の下に潜む瞳も、それと同じ色を持ち、ランプの微かな光を反射して異様な輝きを見せてくる。
しかし最も奇怪で恐怖を与えてきたのは、その巨体の輪郭に他ならない。
肩や肘の関節が突出しており、人間とも獣人ともかけ離れた、もっと原始的な太古の獣の姿というものを、鮮烈に想像させられてしまうのだ。
骨格までも歪んでいるのか、壁を抜け出してからは、石像の刃を素手で受け止めたまま前傾姿勢を取り、背丈で勝る石像に目線を合わせ、おぞましい牙を持つ口を威嚇のように開けていた。そこから滴る体液は壁の残骸を濡らし、前屈みになった腕がそれを叩き砕く。
「ひょっとして、あの石像……壁の中の怪物を狙ったのか?」
ジンがふと、そう気付いた時。石像の方が動き出した。
今まではなんとか力づくで怪物の手から逃れようとしていたようだが、それを諦め、残る片方の刃で怪物の腕を切り裂きにかかったのだ。
しかし怪物も、それに即座に反応した。手を離し、上半身を強引に仰け反らせてその一撃から逃れたのである。
その時になってようやく、怪物が刃を受け止められたのが、手の平に残っていた壁の残骸のためであることが見て取れた。離れた拍子に広げた手の平から、それがばらばらと零れ落ちたのだ。ただ、怪物はそれが地面に落ち切るよりも素早く次の行動へ移り、反動を付けて石像の頭頂部を殴り付けていた。
石像は悲鳴こそ上げなかったが、代わりのようにすさまじい轟音が鳴り響いた。ジンたちはばきばきという音を耳にしたが、それはどうやら石像の頭部から肩にかけて、浅からぬひびが入ったためのようだった。
怪物が追撃を加えようと腕を引いた瞬間、石像はすぐに飛び退いた。数歩分の距離を空け――しかしすぐにまた突進する。
その一撃は実に緻密に見えた。左腕の切っ先を下げて間合いの把握を困難にし、フェイクの動作も含めてから、防御の薄い関節、つまりは腋を狙って斬り上げる。とても石像とは思えない、生命を感じさせる動作だった。
しかし、怪物はそうしたものを一切無視した。
向かってくる刃に機敏な反応を見せ、それを今度こそ完全な素手で受け止めたのである。
石像が残る右腕で即座に別方向からの攻撃を試みると、それも同じように、腕を交差させながら掴み取ってみせた。
そしてそのまま――怪物は引き千切るように、石像の刃を砕き折ったのだ。
さらには石像がバランスを崩して、よろめき、二歩ほど前に歩み出た瞬間。
「ルグアアアアアアアアッ!」
怪物はすさまじい音声で吼え猛ると、奪い取った折れた刃を逆手に持ち替えると、石像の左右の首筋に突き立てる。と同時に、湾曲した牙を持つ大口によって、石像のワニめいた尖った口に噛み付いた。
そしてそれを――ひび割れた石像の首を、胴体から引き剥がしたのである。
石の砕け散る音と、その残骸が飛び散る音が、通路の中に反響した。
続いて、またしても怪物の咆哮。それは勝利の雄叫びだったかもしれない。
怪物は地面に落とした石像の首を、巨大な足で踏み砕いてみせた。眼球だったはずの宝石が、ジンたちの足元まで転がってきた。
「…………」
三人はそうした光景を、しばし呆然と見守っていたが、
「って、早く逃げないとまずいじゃないの!?」
「そういえばそうだ! 見てる場合じゃねえ!」
「あんなの、余計に戦えないっすよ!」
ようやく気付いて、三人は顔を見合わせると、一度だけちらりと怪物の方へ目を向けた。
その視線が、しっかりと交わり合うのと確認してしまってから。
「……逃げろー!」
「今回は文句言わないっすよー!」
「むしろ遅すぎるくらいよ!」
三人はそれぞれに叫び、全力で来た道を逆走し始めた。
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