第27話
目的の、植物の部屋へと辿り着くまでの間。以前と同じ道順を辿るのは困難だった。
というよりも、不可能だった。
しかし重要なのは、そこが一種類の正しい手順を踏まなければ同じ場所へ辿り着けない正確な迷路などではなく、なんらかの用途に使われていたはずの遺跡であるということだ。
ジンたちがそれを改めて意識させられたのは、意気揚々と「あたしは放浪でお馴染みの猫族なんだから、道の記憶なら任せない」と言い出したミネットについて歩き、結果として即座に迷った後のことである。
キュルがしみじみと「そういえば猫族が放浪なのは迷子になってるだけ、とか言われるっすよねえ」などと呟き、引っかかれているのを尻目に、ともかく見覚えのない場所を歩き回った結果、左右に溝があり、さらにはその一方に水が溜まってる通路へと出たのだ。
「繋がってるもんだな、色んなところから」
「上手く脱出できたのも、偶然ってわけじゃなかったかもしれないわね」
ジンの言葉に、引っかき終えて気分も落ち着いたのか、ミネットが静かに同意してくる。
キュルは顔中傷だらけにしてめそめそしながら、それでも先頭を歩いていたが。
(結局、なんの建物かはわからんが)
思いながらも、ともかくそこからは記憶通りに進み、やがて到着する。
そこは以前と全く変わっていないように見えた。奥には入り口を埋め尽くす、扉代わりの蔦がひしめき、その手前にも同じく蔦が、こちらは通路を塞ぐように壁から壁へ、天井から床へと好き勝手に絡み付いている。
「相変わらず気持ち悪いわね……」
「しかもこれ、動くんすよねえ」
すぐさま襲ってこないのは、箱の怪物と同じく触れない限りは無反応なのか。
ともかく、そうしたおぞましい緑色に染まった通路を前に、しかし辛うじて一つだけ、以前とは変わったところを見つけることができる。床に落ちた蔦の切れ端だ。
「切られた本体は見当たらないようだが……」
今は蠢くこともない蔦の群れに視線を触れさせながら呻く。引っ込んでいったのか――あるいは、もう生え変わったとでもいうのか。ジンはそれに怖気を抱きながらも、しかし不敵に笑った。「まあどっちでもいいさ」と挑発的に、物言わぬ植物の蔦に対して告げて。
「今回は一本一本切るなんて、面倒臭いことはしねえからな。まとめて消してやらあ!」
「そういえば親分、今回盗んできたものって、なんなんすか?」
ふと思い出したように、キュルが聞いてくる。ジンは怪訝そうな顔を向けた。
「何って、お前らも一緒に盗みに行っただろうが」
「そりゃそうなんすけど、それがどういう役に立つものなのかは聞いてないっすよぅ」
「そうだったか? 別に隠すつもりはなかったんだけどな」
頭をかいて苦笑して、しかしとにかくジンは、ならばと自分のリュックを開けた。
そしてそこから、大型の器具を取り出す。それこそまさに、三角錐を十字型に歪めたような巨大建築物のある砂漠に存在する、恐るべき地下都市から盗み出してきたものだ。
全体を見れば、ほとんどリュックと同じほどの大きさがある。円筒形をした鉄の容器がいくつか接合されており、それが本体らしい。背負うためのベルトが付随している。
容器の一つからは管が伸びていて、その先端には取っ手のついた鉄製の筒が取り付けられていた。取っ手部分にレバーがあり、それを引くことで動作する仕組みになっている。
しかし確かに、一見しただけでは性能はわからないかもしれない。ジンはやや得意になって、リュックから取り出したそれを背負い直し、解説してやる。
「これは火炎放射器っていってな。このレバーを引くと炎が出るって代物なんだよ」
「その筒から火が出るんすか!?」
「ああ。伝説では大いなる神々が、この聖なる炎で砂漠に蔓延する毒を消し去ったそうだ」
「毒消しの道具なわけ?」
「いや、よくわからんが」
話しながら、ともかくジンは筒の先端を蔦の方へと向けた。
「まあ見てろって。要するにこんなもん、燃やしちまえばいいんだよ!」
ジンは意気揚々とレバーに指をかけ、引き絞る。
同時に――しゅごおおおおおっ!
突風のような音を響かせながら、筒の先端から炎が一直線に迸った。
そのすさまじい勢いは、ジン自身も驚愕したほどである。ランプの灯りだけだった薄暗い通路内が一気に赤い光に照らし出され、勢いの通り瞬く間に蔦を焼き払っていったのだ。
それと同時に恐ろしいまでの熱波と急速な息苦しさを覚え、ジンは思わず立ちくらみを起こしてすぐにレバーから指を離し、座り込んでしまったが。
「げほっ、げほっ……こ、これは……流石は伝説の聖なる炎だ……」
「お、親分……ものすごく頭が痛くなって、目がチカチカするんすけど……」
「神様の道具なだけ、あるわね……」
ジンは息も絶え絶えに「そうだろう」と得意げだったが、足元に薄く張られた水の冷たさに感謝し、それをぱしゃぱしゃと跳ねさせて、少しでも熱を減じようとしていた。
もっとも直接的に炎を浴び、未だに燃え盛っている蔦はそうもいかないだろう。
蔦は今や単なる植物ではない恐るべき本性を現し、ひとりでに動き回っていたが、それはジンたちを襲ってきたものとは違い、炎にまかれて苦しみ、のたうっているようだった。
既に半分ほどが焼け落ち、床の上で黒い炭と化している。そして残るものも炎の侵食を受け続けていた。激しく暴れ、床や天井、壁を叩くのは、消火でもしようとしているのか。
しかしそれで消し切れるはずもなく、炎は次第に通路にいた全ての蔦を焼き尽くすと、そのまま根源である、部屋の入り口にひしめく蔦にまで伝っていった。
扉の形をした、ぎっちり固まる緑色のおぞましい壁が燃え上がり、瞬く間に赤く染まる。
悲鳴が聞こえたのは幻聴かもしれないが、そんな気配はあった。なにしろ炎が触れた途端、先ほどまでの蔦と同じように、入り口の蔦の群れも暴れるように動き始めたのである。
そしてそれらは、とうとう入り口を塞ぐ役目を放棄して――
「よし、通れるようになったぞ!」
と、ジンが告げると同時に。
だばあっ――と。部屋の中から大量の水が通路へと流れ出してきた。
以前の水責めとは違い、腰ほどの高さで水流もさほどではない。本当にただ流れ出したというだけのものだったが、それでも三人は不意を突かれ、足を取られてその場に転んだ。
熱波が急速に冷えていき、心地良さも感じたが……やがてそれが通り過ぎ、水が通路の奥や床の隙間へと吸い込まれていくと。
口を開け放たれた部屋の入り口から、見えるものがあった。
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