第18話
倒れたジンの頭には――手の平大をした一枚の板が掲げられていた。
「板……?」
「いやあ、びっくりしたな」
彼はのんきにそう言いながら、むくりと自分で勝手に起き上がった。
それを見上げ、ミネットがまた声を震わせる。違う意味で。
「ボ、ボス……? それは何?」
「何って言われても、ただの板だぞ」
指差された額を、彼も自分で見上げながら呆気なく言う。ついでに、得意げな顔をして、
「こういう罠はあるだろうと思って、予め用意しておいたんだよ。何度も何度も、罠に引っかかっては戻ってたら面倒だからな」
「あたしの心配はなんだったのよ!?」
「そう言われても。キュルが倒れた時に、これは床に出っ張りがあったに違いない、って思ったんだよ。だからとりあえず、矢の対策を構えておいたんだ」
「流石っす、親分!」
いつの間にかこちらお起き上がってきたキュルが、尊敬の眼差しで賞賛の声を上げた。
ミネットは呆気に取られる一方だったが、当のジンはやはり得意げに笑う。
「ふふふ、そうだろう? 俺は頭脳派だからな」
「親分は頭が良すぎるっすよー。……あ、おでこに刺さってる矢、抜くの手伝うっすね」
「防いだんじゃないの!?」
「なあに、ちょっと板を貫通しただけだ」
あくまでも得意げに、ジン。矢を抜いて板をどけると、そこには確かに血が流れていた。
「毒とかあったら死んでたんじゃない……?」
「なかったってことは、俺の頭脳の勝利ってことだ」
ミネットはそれ以上の反論を諦めたようだった。肩をすくめ「まあ無事ならいいわ」と、こっそり呟く。それは誰も聞いていなかったが。
「あ、ちなみにキュルはうっかり罠を発動させたから、あとで罰な」
「そんな!?」
あっさり告げると、ジンはともかく歩き出した。ショックを受けるキュルの背中を押し、確かに床に見つけられる出っ張りを、今度は踏まないよう気を付けさせながら。
そうしてしばし進むと――
ランプの光が、ようやく人間にも見える範囲で、その箱を照らし始めた。
木製で、金色の縁取りがされた長方形の箱である。比較的大きく、幅はジンの肩幅ほど、深さはその半分以上はあった。手前から持ち上げて開く形状で、鍵穴はあるものの鍵は掛かっていないらしい。蓋が最初から微かに開いていたために、見ただけでもそれがわかる。
「……なんか、やっぱり怪しくないか?」
ジンは辺りを見回した。
今までと変わらない、通路である。ただし十字路になっており、どこも道の先まで見通すことができないほど伸びている。箱が置かれていたのは、その中央だった。
こんなところにお宝を置いておく道理は、ないように思える。
「中身はなんすかね!?」
しかし疑問を抱く間に、キュルは既に箱を開けていた。そこにあったのは――いや。
真っ黒な”底”があるだけで、他には何も入っていなかった。
ただ底には、赤い色で箱の隅を示す矢印と、『めくれ』の文字が書かれている。
「あからさまに怪しいな……」
「やっぱりなんにもしないで、そのまま持って帰った方がいいんじゃない?」
ミネットが進言してくる。それには大いに賛同できるところがあった。
もちろん、持ち上げた途端に罠が作動するという可能性もあるが、少なくともこの文字に従うよりは安全だろうと思える――が、無視したのはやはり、キュルだった。
「めくれって書いてあるんすから、めくらないといけないっすよ!」
「お前は貼り紙じゃなくてもそうなのか!?」
悲痛に叫ぶ間に、彼は躊躇もせず箱の中に手を突っ込んでいた。
微かに隙間があるらしい真っ黒な底板を掴み、止める間もなく、めくり取る!
その瞬間、ジンとミネットは揃って身構え、予想される様々な罠を警戒した。
再び矢が放たれるのか、天井が降ってくるのか、はたまた宝箱が爆発でもするのか。
そういったものに対処しようと、取り分け逃げ出す体勢を取っていたのだが……
「……?」
意外にも、何も起こらなかった。キュルは底板を掲げて首を傾げ、きょとんとしている。
「ひょっとして……ただ怖がらせただけか?」
「罠なんかないってこと? 何よ、驚かせて!」
ジンたちは言い合って、箱に近寄り直した。そして三人で、この人騒がせな箱の最奥に何があるのか、あるいは何もないただの木板が見えるだけなのかを確かめようと覗き込む。
そこはやはり真っ黒だったが、ランプをかざすと光を反射して煌くものがあった。
ただし――それは箱の底にあったのではない。
覗き込む三人の、頭の側。つまりは箱の蓋に、鋭く輝く獣の牙が生え出していたのだ。
「――ボス、危ない!」
ミネットが気付いて声を上げるのと、蓋が勢いよく閉じる、というより噛み付いてくるのとは、ほとんど同時だった。
がぢぃぃぃいんっ! と鉄同士がぶつかるような音を立て、箱の牙が噛み合わされる。
ジンは――ミネットが殴り飛ばしたキュルの身体によって辛うじて押し退けられていた。
「なんで殴ったんすか!?」
「突き飛ばすより簡単だからよ」
「いや、それよりも……」
言い合い始めようとするふたりに、ジンは恐る恐る告げながら立ち上がった。
目の前では箱が――意志を持ったように再び、ひとりでに口を開けていた。牙はそのまま、恐ろしいことに唾液のようなものまで流れ始めている。
そしてジンたちが戦慄する中、それを誇示して笑うように、がちがちと噛み鳴らして、
「に……逃げろー!」
ジンの声を合図に、全員が弾かれるように駆け出した。
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