第19話ただのクラスメイトということもない

 月が明るい夜ではあったものの、おそらくは真夜中だろう―――。

 時計を見なくとも、周囲の民家のあかりはついていないので、察する。


「………枯木」


 何故枯木が俺の家の前に立っているのか。

 彼女が俺の住所を知っていたとは思えない。

 クラスメイトの住所を調べることは、不可能と言い切れないかもしれないが、なかなかにストーカー的であることは間違いない。

 俺は小学校時代、好きだった女の子の自宅の場所を知ったのだが、家の人が出てきたら怖いので遠目から見るだけにして、表札すら見なかったという思い出がある。


 いやそんな話はさておき。


「―――どういったご用件で来たんですかねぇ」


 威圧するような堅い口調になった。

 枯木がいたことにも緊張しているが、身体のたかぶりが治まらない。


「―――俺に何の用だ?秋里さんや臼田には用はないのか?」


 何故俺なのだ、という意図で、言ってみたが頭がずきずきと痛んだので、とりあえず口を動かしただけ、という喋りになった。

 体調の悪さは、隠したくなるものだ。

 ここは男らしい口調を心掛けようか。


「彼女に用は、無いわ………今は。仕事はこなしたし、貴方に連絡をしに来たのよ」


「俺の身体、変なんだよ」


「そのようね」


 ………そのようね?

 先程からの苛つきが、抑えきれなくなった。


「お、お前のワクチンの所為じゃないのかよ?お前、なんでそんな目をしているんだよ」


 表情が、のっぺらぼうだ。

 あまりにも貧相な、感情。

 何も考えていなかったのか。


「貴方に報告があってきたわ。ヘリコプターでの話の、続きをしましょうか」


 俺もそうだったんだ、と喜ぶ気にならない………。

 女子とかトークしていて話題がぴったり一致して、こんなに胸糞悪い時があるとはな。


「俺の身体が、おかしいということは分かっているんだろう」


 秋里さんを襲った感染者と俺は戦った。

 戦った、というよりももみ合って転がった風だが、最後に俺は、無我夢中で、奴の首の骨を折った。

 そしてその後、階段を駆け上がり、重い鉄製のドアを単身、こじ開けた。

 力いっぱい押すという方法で。


「こ、こんな………想像していないぜ」


 枯木は黙っている。

 困っているという表情ではなく、だから何―――とでも言いたげな、刺すような目つきだった。


「説明は、してくれよ、お前―――俺を何だと思ってるんだ」


「ただのクラスメイトよ」


 言い切りやがった。


「そして今は、ただのクラスメイトということもない………ゾンビね」




「―――わかった、でもクラスメイトだろ、知り合いでも困ってたら助けろよ。お前しかいないんだ、教えてくれ」


「教えれば―――いいというモノでもないわ」


「あん?」


「世の中には、知らなかったほうがいいものと言うのは、確かに存在するわ」


「………それ」


 それが何なんだ。


「俺がゾンビになったこと以外に、もっとあるのかよ、最悪な、知らなかったものとやらが!」


「今なら―――」


 周囲を見回し、その後暗がりを指差す、枯木。


「今からなら、あなたが知りたいというのなら『巻き込む』ことができるわ。あの時はできなかった―――」


 巻き込む…………。

 巻き込むとは?


 混乱の中にいるうちに、枯木は歩き出す。

 俺は一瞬、自分の家の方を振り返る。

 やべえ、網戸ちゃんと閉めてなかったかもしれない、小さい虫が入るかもな、などということをこの期に及んで考えたが、歩き出す。


「何を回りくどいこと言ってるんだお前、早く教えろよ」


 巻き込むだって?

 もう十分巻き込まれているだろうがよ。


「ヘリコプターの中では、話すことはできなかったの。半藤さんや臼田くんを巻き込んではいけないわ」


 あの二人。

 ん、半藤と、臼田と―――。


「………まあ、あいつらが関係ないことは確かだ。とにかく教えろよ、俺は助かりたいんだよ」


「覚悟はあるのね。ならいいわ」


 覚悟もくそもあるか―――だいぶ前にそんな段階を超えているだろう、俺は。

 修羅場ならすでに超えたつもりだが。


「あなたを完全に治す方法を知りたいのなら、ついて来るといいわ。まずはこのウイルス―――AKエーケー式についてね」


「エーケー………」


AKIRIアキリ式とも言うわ。正式な文書にはそう書いてある」


「あきり………」


 俺は枯木の瞳を覗き込む。

 何を言っているんだ、意図が分からない、なんだこの女、まだ真実を教えないつもりなのか。


「やはり驚いているのね」


「いや、驚いたっていうか―――何を言ってるんだ」


 驚愕よりも、混乱、いや困惑………?


「あきり―――秋里さん、は関係ないだろう」


「あるのよ、それが」


 彼女は徐々に早足になる。

 ついていくことは容易かった―――どうやら俺の身体能力は枯木のように、訓練された人間に匹敵するらしい。


「彼女は間違いなく被害者なのだけれど―――ウイルスとワクチンを作成したのは彼女のお父様よ。だからAKIRIアキリ式―――」


「なっ………」


「ワクチンですべてが収束するはずだったわ。事件が起きようとも、対処できる。私はボディガードだったのだけれど、秋里さんのお父様に雇われた。彼女を守るように」


「………あなたの立場を気の毒だとは思っているわ。しかし私がボディガードとして引き受けたのは、秋里さんに危険が迫った際、何かあった際に守れ、ということが最優先事項。私は仕事なの、これが。それ以外は仕事ではないわ―――。だからあなたに教えられる情報は、限度があるわ。青樫もそうよ」


「………」


 彼女の名前を出されると、どうも落ち着きがなくなる。


「悪かったわね、あなたの役には立てないわ。私、男には厳しくするわよ。自分のことくらい自分でやれって―――」


「けっ………まあ、秋里さんを守ったのは、そこだけは感謝するよ」


「ここから先はあなたが考えなくてはならないわ―――私ができることは、限度がある。ただ、情報を得る先を示すだけ。私は、病原菌に関して、はっきりとした意見や考えを持てないわ。けれど専門家に聞けば、あるいは」


 ウイルスのワクチンを作成した人物が分かった―――俺の身体がおかしくなった、原因。

 原因を詳しく知る人。

 その人に聞けば。


「他に聞きたいことはある?」


「………場所は」


「付いて来なさい、ゾンビくん」


 そんなことを言う、枯木。

 なまじ冗談でも何でもないので、答えに窮する。


「場所は言えないのか」


「………」


 仕事だから、なのだろう、これも。

 まあいい、こんな気持ち悪い、何なのかもわからない身体のまま学校生活を送るのも、難しい。

 挑発のような冗談も、腹をくくれということなのだろう。

 明日学校に行っても、どうせこの不愛想なクラスメイト毎日顔を突き合わす羽目になるのだ。

 逃げ場はないのだろう。


 道の先に、何の変哲もない乗用車と、男が見える。

 男は―――当たり障りのなさそうな笑み。

 手を振っている、今日は青スカーフを身に着けていないが、青樫氏だろう。


「交通手段は使うんだな、今度は空の旅じゃなくて」


「高いところは嫌かしら、ゾンビくん」


「別にそんなんじゃねーよ………それと俺、ゾンビじゃねーし」


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いや、俺ゾンビじゃねーし! 時流話説 @46377677

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