第18話その時はその時

 絶対に起こすな、部屋に入るなと両親に言い、布団の中に入る。

 あの現象、パニックは高校の中だけであるらしい。

 しかもワクチン銃なんてものがある以上、存在する以上、沈静化の目処めどは立つだろう。

 町中を巻き込む可能性もあった、いやそれどころでは済まない可能性もあったが、部屋の外のことに意識を配るのはもうやめだ。

 終わってからああだこうだ、考える気力もない―――、なぁに、これ以上の悪い事態が起これば、その時はその時考えるまでである。



 ―――目が熱い。

 血液が流れる音が、眼球から聞こえる様だ。

 俺は………頭の中に血管がたくさんあるみたいだ………。

 うん?それはあたりまえなのか………

 ああ、視界が、脈打つたびに揺れる。

 心臓が動くたびに、身体中が揺れる。

 シーツを掴んでいる指に、力が入るが、手の、力の入れ方が強くなったり弱くなったりする。


 体調が悪い。

 眠れただろうか―――今、何時だろう。

 ああ、自分の部屋で寝ているらしいが、纏わりつく汗が心地悪い。

 風呂くらい、入ればよかっただろうか、と思うが、質の悪い汗が止まらない。

 白い首は美味しそうだ。


「………ィロイィ………!」


 喉から出た声。

 それは自分自身の自分自身が発した声だと、数秒後に理解する。

 心臓が痛くなるほどに驚き、目を見開く。

 窓を開けた。

 初夏の、虫の鳴き声が大量に入ってくる。



 庭に立つと、虫の声が様々に聞こえた。

 角に苔が生えている塀に近寄る。

 俺は姿勢もフォームも特に考えずにジャンプすると、自分の身長程度の塀を飛び越してしまい、そのまま向こうの道路に、着地。

 いつもと違う。

 住民に見られていないか、怪しむ。



「………そう、なのね」


 付近住民には、どうやら見られなかったようだ。

 この女。

 枯木が、少し離れた位置に立っていた。


「うっ―――、お前だったのか、誰の足音かと思ったぜ」


「え………」


 枯木は怪訝な顔をした。

 街灯に照らされる表情は学校で見たものとはかなり趣が違った。

 しかし白い光がしっかり当たっていて、表情は容易く読み取れる。


「俺ん家の前で、止まった足音があって………お前だけは、そうだった」


 虫の鳴き声がある中、自分の部屋の外の、かすかな足音が、俺には聞こえた。




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