第14話これが限界だよ

「全員、ちゃんと入ったね?一応出入口は閉めるけど、大きな声を出さないように―――奴らは物音に反応する」


 上級生―――三年生である彼は、三年三組の、二つあるドアを閉める。

 カギはないが、それでも感染者が通りかかるところが見えないのは安心できる。


「五人、か―――一応、枯木。確認するけれど、感染、発症は?」


「女子は無事よ。こちらの臼田くんは噛まれていたわ―――感染したが発症せず。Aエーゼロの時にワクチンを打ったわ。灰沼くんは―――」


「お、俺は―――無事、です」


「黙っていて」


 そう言う彼女だが、ちょっと待てや。

 こんなに謎が多いと不安なんだよ。

 今日は何が何だかわかんない。

 挙動不審になる俺。

 というか、この妙に落ち着いた青いスカーフの男子生徒は一体。


「あ、あんた―――上級生みたいだけど、あんたは大丈夫なのか、感染していないのかよ」


 口を出したのは臼田だった。

 ………そうだ、それこそ重要じゃないか。


「ん、僕かい?」


「黙っていてと言ったわ。彼は大丈夫」


 枯木が鋭い視線で主張する。

 彼女とはどういった関係なのだろう。

 俺は記憶を辿ってみるが、枯木の交友関係に関しては全く無知でしかない。

 上級生男子と付き合っているという噂でもあれば、恋愛にうとい俺でも一度くらい聞こえてきても、良さそうなものであるが。


「枯木くんは―――発症したわ。でも初期段階ファーストの段階でワクチンを打って、経過は順調よ。その後一時間ほど同行しているけれど、異常は―――」


 枯木は、視線を切り、目をつぶる。


「異常は、無しよ、精神性に関しては―――心理的には」


「心理的、には―――」


 その時、外から、何かが衝突する音がした。

 金属を叩く、耳をつんざく音―――校舎内ではない。


「………『関係者』と衝突しているんだ」


 青いスカーフの男が言った。

 顔を上げてはいるものの、身体を向けはしない。

 こちらに危険が迫ったわけではない、と分かったように。


「関係者?」


「………今ね、校舎内―――じゃない、学校内で収まっているんだ、この騒ぎは。それで校門の辺りで感染者と関係者が争っている」


「………なんでですか」


「学校の外に、出ようとしているんだよ。でもこんな事件だから、広げるわけにはいかないって、向こうもわかっている。感染を、この高校内だけにとどめたいんだよ」


「………」


「ワクチンはある。だから時期に、この騒ぎは収まるだろう―――が、今は―――」


 彼は、黒いアタッシュケースを生徒用机の上に出した。

 それを見て枯木の顔つきが変わる。

 アタッシュケースを開いて、するりと全体を回し、枯木に中身を見せる。


 ケースは、半分くらいの空間が、灰色の『空白』だった。

 しかし何も感じないわけでもなかったし、十分伝わった。

 銃を収納していた場所だ。

 俺は枯木の持っているものを向けられたから、わかる。

 ちょうどあの大型ワクチン銃がすっぽり収まる形状の、枠があった。

 そして残りのスペースには、両手で数えられるくらいの―――銃弾。


 枯木は無言だった。

 視線で青いスカーフの男は、言いたいことを察したらしく。


「銃弾は、これが限界だよ」


 ケースに並べられた銃弾を、触れた指が、すすっと動く。


「うん………三発、譲るよ」


 彼は言う。

 たったのそれだけかよ―――、と俺は呟いたが、枯木は黙る。


「こっちも『色々』あったんだ」


 彼は笑顔だったが、疲れた声だった。

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