第3話鼻血に似た何か
「ううううう、うううう!」
ただ呼吸をしたいだけの俺ではあったのだが、声が漏れ出てしまった。
ひどい声。
下水道に水が流れ込んでいく時のような品のないもので、自分でも小さなショックを受けた。
唾液が自分の
全然あったことのない人の声に聞こえる―――ああ、風邪気味なんだな、俺は。
まあそういうときもあるのだろう。
なんだか頭がぼんやりするのもそのせいだ。
半藤の表情がうかがえるくらいの距離に近づいたところで、椅子にぶつかる―――。
彼女が構えていたパイプ椅子………パイプ椅子、と言うのはまた違うか。
あれは行事ごとの際に主に俺らが駆り出されて運ばされるものだ。
とにもかくにも、その椅子だ。
教室の、生徒用の椅子だ………椅子を押し付けられて、身体を押されて、押しのけられた。
オイオイ、何をするんだ。
俺は―――腹が。
減っているんだ、腹が。
「シロ………ィィ」
白い首が見える。
「何を言ってるの?離しなさいって!離せ!」
いや、離したいんだが腹が減っているんだ。
白い首の奥に血液の色が見えるから食べたいんだ。
それを伝えたいだけなのだが今日は口が回らないようだ。
説明できない………話すとしたら数時間かかる大仕事になる。
とりあえず食べてから―――そうだ、それからでも―――おそくはないじゃあないか。
ふいに、背中に衝撃が走る。
―――ばすん。
そんな振動、衝撃に、心臓………いや肺の辺りが軽く痺れた。
なんだ、叩かれたのか?
殴られた、というほどではないが………そう思案したあたりで、意識は途切れた。
―――目覚めると、縛られていた。
話し声が聞こえる。
女子らしい。
それをぼんやりと聞きつつ、地面を――教室の床を、眺める俺。
いつも通っているクラスだが、なんだか黒く、少し赤い染みが多く付着しているようだ。
ゴミかな。
しかし………。
「納得はできないわ!」
半藤の声だ。
「大丈夫よ、もう縛っているし、仮に効かなかったとしても危険ではないでしょう」
「でも―――!」
ええと、これは秋里さんではないな………あれ?
クラスの誰か、女子の声だと思うが………。
顔を上げる。
彼女と、目が合った。
メガネをかけていなくとも、俺よりよほど知的な雰囲気を持つ彼女は確か、
彼女はクラスメイトだが、直接話したことはなかった。
遅れて、半藤と、秋里さんが俺の方に視線を向ける。
「
「………」
まあ、目覚めてはいるけれど。
「返事は?」
ああ、起きているよ………と返事したかった。
声を出そうとすると、突如、喉の辺りが膨らむような吐き気に襲われた。
「ヴ、う!げほ、げほ!」
俺は堪らず吐き出す………赤黒い液体が、べちょりと床に張り付いた。
鼻血?
真っ先に見覚えのあるものとして、鼻血を連想した。
血だ、大量の―――しかし、息ができる。
空気が美味しい………すっきりした。
彼女らが身構え、机か何かががたり、と擦る音が聞こえた。
「………心配しないで!血が詰まっていたのよ。喉に!」
それだけなのよ、と。
「………『ワクチン』はもう打ったから、大丈夫よ、灰沼くん、喋れる?何か質問したいことは?」
俺は………彼女に向かって、話しかける。
「………えっと、な、なにこれ?えっと、みんなは?次の
今度はちゃんと、口がまわった。
次の授業が数学でも現代文でもないことについては、この頃には察しはついていた。
信じたくなかったが。
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