第8話注意して何とかなるのかよ

 教室を出た俺たちは、廊下に出た。

 それだけの、いつもと全く変わらないはずの動き、動作だが、俺や半藤たちは思わず息を呑む………。


 茶色く擦れたような、汚れが床いっぱいに広がっている。

 一瞬連想したのは、近所にあった廃工場だ。

 子供たちの、と言うか俺たちの遊び場だったが、ある日、ショベルカーなどがやってきてあっというまに更地になった場所だった。


 二人の生徒が動いている。

 歩いている、というようなちゃんとした動作ではなかった。

 力がこもっていない。

 別の生き物………猿やゴリラの歩行に近いのか、いや、それも違う。


 彼らは俺たちに気付いていないようで、向こうを向いている。

 こちらから見える、その両手は血まみれだった。


 ばす、ばすん。

 二人の生徒の背中に『注射針』が刺さり、彼らはのそりと振り返る。

 口の周りも血がにじんでいた。

 枯木が、上体のほとんど揺れない不思議な走り方で駆けていく。


「私についてきてもいいけれど、射線上には入らないでね」


 上履きは高校指定の、俺たちと変わらないもののはずなのに、足音が聞こえない、枯木。


「廊下に『目標』は少数。けれど見えない位置―――教室の中から出てくるかも。注意して進んでね」


 そんなことを言われても、注意してどうしろと。

 注意すれば何とかなるのかよ。

 声をかけようとしたが、枯木は床に落ちている何かを拾っている。

 あれは透明な―――割れたガラスに手を伸ばしているのか?

 尖っているから危ないぞ―――と声をかけようとしたが、なんとなくためらわれた。

 邪魔をしてはいけない雰囲気。

 と言うかなんだろう、語りはしないが、状況の理解度において、俺たちよりもはるかに上を言っているような気がする。

 気のせいではないはずだ、枯木は何かを知っている。


 枯木はガラスを拾うのをやめて、その近くの別のものを拾った。

 廊下に落ちていたノートだ。

 いや、正確には散乱しているノートや教科書や筆箱のなかから、一つ取り上げたという感じだ。

 そのノートを開きも見もせず、銃を持っていないほうの手で持ち運ぶ。

 誰のものなのか気になる―――

 前に進む。



 破砕音が、俺たちの後ろから響いた。

 ガラスが割れる鋭い音だ。

 鼓膜を鋭く刺し響く。

 見れば臼田が、足元のガラスと俺たちを交互に見て、慌てている。

 うっかり踏んでしまったのか………。

 うろたえる臼田。

 まだ注射針の昏睡が、残っているのかもしれない。


 俺は枯木に、どうすればいいか聞こうとした。

 こちらを振り返っている枯木と、教室のドアから出てくる血だるまの女に。


「―――か、枯木!」


 枯木は機敏な動作で蹴りを女の顎に叩き込む。

 俺が読んだ段階で既に動いていた。

 ハイキックだ―――脚がほとんど真上に上がったぞ。

 血だるまの女は軽く跳ね上がり、一歩、二歩とよろけた。

 俺がそれ以上何かを言う前に、注射針が出血女の胸に刺さった。


「大丈夫よ、注意は怠っていないわ」


「う、うん」


 なんかなあ。

 なんか、本当にこの状況は怖いと言えは怖い。

 原因不明の感染症か何かだってことは分かってきたけれど。


「枯木」


「なに」


「全部やってくれてありがたいんだけど、俺に何か、手伝えることとかあったらさぁ………?」


「ないわ」


「………うん」


 そうですか。


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