いや、俺ゾンビじゃねーし!

時流話説

第1話それはたぶん、寝起きの時に近い倦怠感

 ―――視界がぼやけるな、と最初はそう思った。


 風景が光で白くかすむ。


 白内障だか緑内障だかを疑ってみるが、いつもかけているメガネがないことで、現象に納得がいった。

 はああ、そういうことか、そりゃあ見えないわけだ。

 どこにメガネを落としたのだろうか?


 メガネメガネ………と、床に両手を当てて、床に這わせる。

 箒で掃くような動作だ。

 ばたつかせる。

 そんなことをやっていて、急に恥ずかしくなり、笑みがこぼれる。

 実際にやる奴がいるとはな………これ。

 いや、やる人間がいるからからこそ、なのか。


 ん。

 見つからない―――指先の感触を頼りに、床を探す―――ない、いや、あった。

 見つかった。

 マイメガネか、と感触で判断し、それをかける。

 慣れた動作のはずだが、手が泥のように重いのだ。

 嫌に倦怠だるい。

 動きが緩慢のろい。


 指が墨を塗りたくったような灰色に見える。

 なんだ、小学生のころ、習字の授業でこんなことをやったような………くそ、なんだっていうんだ。


「ィえなィ………!」


 見えない、と言おうとしたのだが、口が上手く回らなかった。

 あごが重いのだと思う、けれど確証は持てない。

 確証が持てないし考えるにも頭の中がぼんやりとして、上手く動かない。


 なんだか口がだらしなく開いていて、くちびるの端から今、唾液だえきが滑り落ちる―――まあいいか。

 やはり視界も腕も、調子が悪い、確かなようだが理由がわからない。


 自分の体調もそうだが、周りも、何かがおかしい。

 ここはさっきから叫び声がきゃーきゃーと反響し、響いて落ち着かない。


 今自分がいる場所が教室だということはわかる。

 だがひどく曖昧に感じる。

 テレビで見ているかのように、いや夢であるかのように、ぼんやりとして、興味を持てない。


 教室である。

 二年二組の教室―――俺が毎日通っている教室だとは思うのだが、確証はない。

 だが、さあて、どちらが廊下だ?

 ていうか、レンズの右側、亀裂ヒビが入ってるじゃないか。

 畜生、度数が合わなかったのか。

 いやしかし感覚、感触から察して、確かに俺のメガネ………だと思うのだが。

 だとしても、ここまで見えないものなのか。


 メガネを、外した。

 それでも視界は大して変わらない。

 うん?

 やっぱり何か変だ………最後に視力検診をしたのは春だったか、健康診断の時だ。


「………ァネ………!」


 メガネ、メガネなんだよ、メガネが変だ。

 変といえば全体的に、何か―――目に見えるもの全体が、世界全体がおかしいのだが。

 世の中が腐敗している、腐っている。

 それは政治が悪い政治家が悪い―――だとか、そういった意味ではなく、何か、視覚的に見える範囲でおかしい。

 白い光が明滅し、明度のコントロールが効かない―――なんだろう、光彩というのだったか?

 目のどこかの部分が病気なのだろうか。

 緑内障の類か?


 なんか思考を、同じ思考が繰り返されて―――頭も働かないのか?

 まあ頭が一番重いのだが。


 それは―――それはたぶん、寝起きの時の感覚に近い。

 倦怠だるい。

 おかしいな、自分はわりと、風邪をひかないタイプだと自負していたんだが。

 ………メガネは、いいや、置いておこう。




 ―――まあ、いいや。

 教室で自分の席を探そう。


 ――――がしゃん。


 割れる音がした。

 何かが―――ガラス質の、あるいは陶器の割れる音。

 さっきから周囲まわりが騒がしいような気もする、たくさんの走り回る足音だの、何かが落ちる音が、複雑に絡み合って聞こえる。

 時折、叫び声。

 高い、低い、痛い、怒気の―――叫び声。

 その声も遠く―――聞こえづらい。


「――――な―――ソ、ケ!」


 何か聞こえる。

 女子生徒が二人――――いる、視界はぼやけるが。



「そこから動くな!」


 わめき声をあげる女子。

 ………なんだって?

 そこから動くなと言ったのか、この女子は。

 だがその声がやたらと部屋に反響しているのか、聞きづらさを覚える俺。

 ううむ、耳も調子が悪いのか。

 やはり身体全体が、体調自体が悪いようだな。

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