第5話生き生きとした何かがなく

 ニュースでもこんな乱闘の真っ最中の映像は見たことがなかった。

 海外で起きた暴動か何かの現場、だろうか。

 いや、アレの方がもっと激しく、ひどい現場になるだろう。


 しいて何かで例えるなら、中学の時に体育の時間、柔道の組み手をやっていた時のような風景だった。

 柔道場いっぱいに生徒が広がって、二人組を作り組み手をする時間もあったのだが、あの時間を好んでいた奴らは俺の友達にはいなかったなぁ、なんてことを思い出す。

 あの、組み付いたり投げようとしているのだが、格闘術なのだが、当然ながら武術の心得がまったくない者たちの集まり―――という。

 人数で言えば二クラス分くらいの連中なのだが、総じて、動きに精彩がなく。

 生き生きとした何かがなく、感想が上手く沸いてこない。

 掴もうとしているんだが掴めないし逃げられる、逃げた側も転びそうになりながら危なっかしく走る。

 双方が下手へた


 今の校庭の騒ぎは、まあとにかくそのシロウト柔道を思い出させた。

 いや、格闘ですらない。

 俺はしばらく様子を見て、ああなるほど、枯木が言っていたゾンビ、と言うのはなかなか見事に言い表したたとえ話だなぁ、と思った。


「なるほどゾンビか………見えなくもないな」


 思考を込めずに呟く。

 ていうか、冗談言ってる場合かよ。

 俺は窓から離れ、歩き始める。

 行先は―――。


「ちょっと、どこに行くの!」


 ………いや、どこって、


「助けに………行くつもりだけど」


「冗談はやめて」


 ………あんたが言うか?

 ゾンビだのなんだの………。


「何とかなると思ってるの?できるの?」


 そう、枯木さんは続ける。


「………掃除用具入れに、行く」


「え」


「とりあえず。どこに行くかって聞いただろ。モップ持っていく」


 最低限、武器がわりにその程度の武装は必要だろう、そう思ってのことだった。


「そういう問題じゃないわ」


 ううむ………やりづらいな。

 たしかに、あの大量の人数の何かを何とかできるとは思っていないよ。

 自信なんてないさ。

 格闘どころか運動も苦手だ。

 小学生のころから走ることではよーいドンで七人中五番か六番にしかなれなかったし、運動に関して武勇伝と言えばサッカーで蹴る時のフォームがおかしかったらしく相手側のゴールキーパーが吹き出し、そのまま先取点を決めたくらいのことしかない。

 ちなみにそのあとクラスメイトの松坂くんが俺に対して、女子が近くを通りかかったから格好をつけただけ、と言う因縁を執拗につけてきたので、俺は松坂くんが嫌いだし、サッカーも嫌いである。

 テレビで映ろうものならチャンネルを変えて、と呟く。

 家族は慣れてきたらしく、特に断りもしない。


 うん。

 でもなー今この教室には一応だが、男子は俺だけのようだし、乱暴を止めに行くとすれば俺がいかなきゃおかしいよな、と思うのだ。

 ああ、でもグラウンドの乱闘は女子生徒もいたように見えるな。

 ううむ。

 どういうことだ………?

 女子レスリングはうちの高校にはなかったと思うのだが。


「やめなさい、もう一度縛るわよ―――半藤さん、出口、塞いで」


「あっ………う、うん」


 半藤が小走りで教室のドアに駆ける。


「………ちょっと待ってくれ、俺が頼りなさそうに見えるのは、まあ許そうよ、嫌だけど………でも突っ立っているだけのお前らも、この状況で突っ立っているお前らも大概たいがいだろ!」


 俺は喋っている間も惜しい―――とばかりに、歩を進める。


「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」


 と、これは今、用法として正しいかわからないが、ほとんど何も考えずに言って、進む。

 さっさと話を切り上げたいときに、適当なことを大声で言ってしまうことはないだろうか。

 ………まあ、あまり無いほうがいいが。


 もう身体は動いている。

 自分の身体の軽快な動きに、何か違和感を覚えつつ掃除ロッカーのドアに、手をかけた。


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