23 虫取り


 体育館で謎の音楽フェスを催した次の日。


「今日は虫取りに行こう!」


 朝食後部屋で休んでいると突然帆希がやってきてそう言った。

 その手には虫取り網、頭には麦わら帽子が装備されている。


 完全に夏休みモードに入ったみたいだよね。

 もう半分以上経過してるけど。


「帽子はメイドさんに用意してもらったからちゃんとかぶれよ〜。今日も暑いからな〜」


 数分後、麦わら帽子の4人組は下駄箱に向かった。

 虫取りの舞台は旧校舎の裏手にある林だ。

 何が取れるかはわからないけど、まあセミくらいはいるだろう。

 毎日鳴き声聞こえるし。


 などと軽く考えていると、


「よーし、今日はニジイロクワガタを捕まえるぞ!」


 虫取り網を振り回しながら帆希が言った。


「ニ、ニジイロクワガタ?」


 その名前には聞き覚えがある。

 以前帆希と一緒にやったゲームの中に『かいぶつの森』というものがある。

 山奥の村で釣りをしたり虫を捕まえたりしながらのんびり暮らすゲームなんだけど、捕まえられる虫の中にニジイロクワガタがいたんだ。

 かなり高く売れる。


「ネットで画像調べたら綺麗だったから絶対捕まえるぞー!」


 帆希は網を掲げて意気込んでいる。

 ニジイロクワガタの実物なんて見たことないぞ。


「ニジイロクワガタの生息地はオーストラリア、オセアニアなど。日本ではデパートとかに行かないと見れない」


 凛々が僕の隣に並んで説明する。

 しかしそれは帆希の耳には届いていなかったようで、彼女は張り切った状態のまま林の中に駆けて行った。


 なんとかミンミンゼミで我慢してくれないかなあ。

 そう思いながら僕たちは帆希に続いて林に入った。



「蕗乃! そこだ!」


 帆希の指示で僕は網を木に向けて振り下ろした。


「捕まえた!……なんだ、またセミか」


 帆希は肩を落とした。

 僕は蝉を網から逃がした。

 やっぱりここじゃああまり虫は取れないな。

 ニジイロクワガタどころか普通のクワガタも取れないよ。


「もうだいぶ歩き尽くしたんじゃない? そろそろお昼にしようよ」


 携帯で時間を見るともう1時近くだ。

 2時間以上歩き回っているのでそろそろ疲れてきた。


「……そうだな」


 帆希は渋々頷いた。


「私も疲れた〜! すごい汗だよ〜」

「こら、僕のシャツで汗を拭くな!」


 雪乃をひっぺがしつつ校舎に戻ろうとすると、空の方からごろごろごろ、という音が聞こえてきた。


「んっ、雷か? あっ! そういえば今日午後から雨が降るとか言ってたぞ!」


 などと言っているうちにポツポツと雨が降ってきた。



 雨はかなりの速さで勢いを強め、ざあざあと周囲の木々を激しく叩き始めた。


「うわー、急げー!」


 僕たちは校舎からだいぶ離れた丘の麓にいたので、慌てて上へ駆け上った。

 土の地面で、デコボコして走りにくいな、と思っていると、


「ひゃあっ!」


 前を走っていた帆希が突然転んだ。


「だ、大丈夫?」


 急いで彼女を助け起こすと、怪我はなかったものの、服がドロドロになってしまっていた。


「うへ〜……」


 帆希は服を手ではたいたが、なかなか落ちないので、そのまま校舎に戻ることにした。


「お嬢様!」


 しばらく走ると前からメイドさんが走ってきた。


「申し訳ありません。雨の予報だったので注意しようかと思いましたが、降り出す前に戻ってこられると思っていましたので……」


 メイドさんは人数分の傘を手に持っていて、それをさして一人ひとり渡していった。



 数分後、校舎に戻ると、メイドさんは、


「お風呂場に着替えを置いておきましたのでシャワーを浴びてきてください」


 と言って自分の部屋に帰って行った。


「うー、気持ち悪い」


 服から水滴を滴らせながら階段をおり、脱衣所に入る。

 もちろん僕がみんなと一緒にシャワーを浴びる訳にはいかないので着替えとタオルだけ取って出ていこうとすると、


「ふーっ、早く綺麗にしちゃおう!」


 帆希は歩きながら高速で服を脱いで、洗濯機に放り込んだ。


 いきなり目の前で裸になった帆希に、慌てて脱衣所から出ようとする僕だったが、


「お兄ちゃんどこ行くの?」


 雪乃が道をふさいだ。


「どいてくれ雪乃。ここは僕の存在していい世界じゃないんだ……」

「そういう訳にはいかないよ。ちゃんとシャワーを浴びないと」


 出口の前に立ちふさがり、体を左右に揺すって通せんぼする雪乃。

 彼女も既に裸だった。

 凛々だけは服を着たまま顔を赤くしてオロオロしている。


「おーい、どうしたんだ?」

「帆希さん、お兄ちゃんが面倒だからシャワー浴びたくないって言うんです! このままじゃ風邪引いちゃうのに!」

「何!? それは良くないぞ。わがまま言っちゃダメだぞ蕗乃」


 お風呂場に入りかけた帆希が引き返してのっしのっしとこちらに向かってきた。


「きゃー! 裸でこっちに来ないで! 服を脱がさないで!」




 シャワーを浴びた後、食堂でおにぎりを食べて僕たちはレクリエーションルームに戻った。


「はー、疲れたー。結局何の成果もなかったなー」


 帆希は床に大の字になった。


「ニジイロクワガタ、見たかったなー」


 それからしばらくそれぞれくつろぎながら漫画を読んだりしていると、いつの間にか凛々がいなくなっていた。


「あれ、凛々は?」

「さあ、トイレじゃない?」


 彼女の場合、最近は頻度が減ったとはいえ迷子になる可能性があるから、長い時間見かけないと心配だな……。

 などと言っているうちに戻ってきた。


「ボス、ちょっとこっち来て」


 凛々は部屋に入るなり床でゴロゴロしていた帆希の手を引っ張った。


「どうしたどうした」


 廊下に出ると、そこには虫取り網があった。

 雨水を拭いて綺麗になっているそれを帆希にもたせると、凛々は帆希の部屋に向かった。


「私の部屋で何を……ん?」


 帆希のベッドの上には、緑や赤など複雑な色合いをした虫のぬいぐるみが置かれていた。


「こ、これはニジイロクワガタのぬいぐるみ!」


 持ってたのか。

 っていうかよくそんなの売ってたな。


 帆希はベッドに駆け寄ると、虫取り網を振り下ろした。


「へへっ、ニジイロクワガタ、ゲットだぜ!」


 ぬいぐるみを高く掲げてはしゃぐ帆希。


 凛々はニヤリと笑うと、


「この校舎に虫のぬいぐるみを100個隠した。ニジイロクワガタの他にオウゴンオニクワガタやヘラクレスオオカブトなどもいる。何匹見つけられるかな……」

「おお!」


 帆希は目をキラキラと輝かせた。

 こういうゲーム好きだもんな。


「よーし、今日は校舎で虫取りだ!」


 帆希はニジイロクワガタぬいぐるみをベッドに置くと、虫取り網を持って部屋の外に駆けて行った。

 僕たちは顔を見合わせて笑いあうと、彼女を追いかけた。

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