11 料理
「ん、これなら学校に行っても大丈夫だな」
そう言うと帆希は少しほっとした顔をしながら僕の額に当てていた手を離した。
今度は凛々が近づいてきて、僕の額に自分の額をくっつけた。
鼻先が触れそうなほど近づく。
「36度8分。学校に行くのに支障はない」
耳元で囁くと彼女は顔を離した。
何故か顔が少し赤くなってる。
その様子を見ていた雪乃が唇と唇をくっつけようとしてきたので、全力で引き剥がした。
色々な目にあったけど、風邪はすっかり治ったみたいだ。
僕は回復をアピールするためにあちこちジャンプして廻った。
すると弾みで机の角に膝を痛打してしまい、僕はうずくまった。
「ふーちゃん、まだ本調子じゃないんだから暴れまわっちゃダメ」
凛々に冷静に怒られた。
ふう、悲しい話だぜ。
学校から帰ると、僕たちはまたこの前みたいに図書室に向かった。
あとから帰ってきた雪乃も混ぜて勉強会だ。
1時間ほどで復習を終えると、そろそろ食事の準備の時間だ。
「じゃあそろそろご飯作りに行ってくるよ」
そう言って席を離れ、僕は商店街に向かった。
旧校舎での食事に関しては全て僕が担当している。
帆希の調理のスキルに関しては、彼女と出会ったときの会話で察しはついた。
凛々は一度夕食を作ってもらったことがあるけど、すぐ近くにある醤油を探しに行って、2時間後に何故か屋上のあたりをうろうろしているのを発見されて以来、彼女に一人で料理を作らせたことはない。
雪乃は料理自体は実家にいるときに何度か作ってもらったことがあるけど、何故か僕だけスープや飲み物の色がピンク色で、
「お兄ちゃんの分だけ特別な調味料を使ったの。何を入れたのかはヒ・ミ・ツ♪」
などと言い出した過去があるので、彼女には最初から頼まないことにしている。
そんな訳で、大して料理が出来るわけでもないのに消去法で料理当番を引き受けている僕だけど、最近では結構楽しくなってきた。
途中の本屋で少し新刊のチェックをした後、スーパーでカゴを手にぶら下げて色々物色していると、聞き覚えのある声が耳に届いた。
「このお菓子なんか変なロボットがオマケについてる! 早速全部そろえよう!」
「ダメ。おやつは324円まで」
「ケチー!」
……帆希たちだった。
「みんな! どうしてここに?」
僕が彼女達に近寄ると、3人もこっちに気付いて手を振った。
「まだ病み上がりだし、今日はお兄ちゃんを手伝おうと思って」
「えっ、別に気にしなくて良いよ。もう完全に治ったし」
「いいからいいから」
そう言うと帆希はカゴを僕の腕から抜き取り、中にお菓子を入れた。
凛々はそのお菓子を元の場所に返しながら、
「今日は私達に任せて」
それから僕は3人にくっついて店内を一周した。
どうやら彼女達はカレーを作るようで、肉やら人参やらがカゴの中に入れられていく。
野菜がカゴの中に入るたびに、帆希がこっそり取り除こうとしたけど、凛々に見つかって叱られていた。
雪乃も何だかんだで結構しっかりしてるし、これなら安心かな。
「野菜入れないでビーフとポークとチキンとシーフードをふんだんに使ったカレーにしようよ〜」
「めっ」
「そうですよ帆希さん。それよりお兄ちゃんが積極的になるようにうなぎとマムシとすっぽんを入れましょう」
……やっぱり不安だ。
っていうか雪乃は既に帆希たちの前でも自重しなくなってるな。
今更か。
買い物が終わると、僕たちは4人で学校の近くの公園に立ち寄った。
「そういえば帆希って、親に外に出ないように言われてるんじゃなかったっけ?」
帆希の親、特に父親はとんでもない子煩悩で、それなりに大きな私立の学校の理事長の娘である帆希が誘拐されたりしないか常に心配しているのだ。
だから今まで夕食の買い物に誘わないで一人で出かけてたんだけど。
「ああ、今は私一人じゃないから多分大丈夫だ。ダメだったらメイドさんに止められてるだろうからな」
そうなのか。
帆希に遠慮して必要なとき以外はあんまり出歩かないようにしてたけど、これからはみんなで外出する機会を増やそうかな。
旧校舎に戻る頃にはもう日も落ちかけていた。
僕たちは直接食堂に向かうと、荷物を置いて手を洗い、早速食事の準備に取り掛かった。
帆希は、僕に休むように言ってきたけど、結局4人で作った。
いつもは時間を効率よく使うために、僕が調理している間、残りの3人はレクリエーションルームか自分の部屋で各自過ごすように言ってある。
そして料理が出来たら携帯で呼ぶというシステムにしていたんだけど、皆で作るとさすがに賑やかだ。
凛々は食事を作っている途中にふらふらと物を探しに行ったまま迷子になってしまう以外は問題ないので、調味料を探したり物を運んだりするのは料理が苦手な帆希がすることになった。
雪乃は僕の料理に何か変なものを混入してしまう可能性があるのが心配だったけど、凛々がしっかり見張っている。
一人だと出来ない事でも3人だと出来るみたいで、恥ずかしいことに僕はほとんど足手まといだった。
「出来た!」
カレーの良い匂いがあたりに充満している。
ふひょー! テンションが上がってくるぜ。
帆希が用意したお皿に僕が盛り付けて、各自自分の席に運んでいく。
「蕗乃! 私のは野菜抜きで肉多めな!」
「ふーちゃん、ボスを甘やかしちゃダメ」
ジャガイモに火傷しそうになりながらも辛口のカレーを食べていると、正面の帆希が不安そうに僕の顔を覗き込んできた。
「なー蕗乃、今日の料理、どうだった?」
「え? もちろんおいしいけど……何か問題あった?」
「そうじゃなくて、3人がいて邪魔じゃなかったか?」
「いや、むしろ僕のほうが邪魔だったような……」
凛々がやたら張り切ってどんどん作業を進めてたから、僕はジャガイモとかニンジンの皮むきくらいしかしてないぞ。
「邪魔なんかじゃない」
3杯目のおかわりをよそいに行ってた凛々が珍しく大きな声ではっきりといった。
「ふーちゃんは毎日一人で料理作ってるし、全員分の洗濯物運んだりしてる。これからはみんなで一緒にそういう事したい。だめ?」
「それはありがたいけど、でも……」
このメンバーの中では一番体力があるであろう僕が色々率先してやるのは当然だと思うし、全員で洗濯物を運んだり料理を作ったりしたら効率が悪くなりそうだけど……。
そう言うと帆希は、
「効率よりも大切なものがあるぞ」
「えっ」
「せっかく皆で共同生活をしてるんだから、仲間同士で協力して作業した方が得られるものも多いだろうし、それに……」
「私は、皆で料理を作って楽しかった」
「…………」
確かにそうだ。
ここで皆と暮らし始めて、僕も少しは変わったかもしれないと思ってたけど、まだ一人を好んで隠れ家を探してたときの考えが抜けていなかったみたいだ。
3人の笑顔を眺め、いつもよりおいしく感じるカレーを食べながら僕は頷いた。
こうして、次の日から家事は何でもみんなでワイワイガヤガヤぶつかっていくことになった。
旧校舎での生活は何が起こるかわからないけど、家出少女3人を眺めてると、どんな問題が起きても大丈夫な気がしてくるな……。
「よし、メニュー考えるの面倒だから今日は目を瞑って適当な物を買って、闇鍋をしよう!」
「大賛成です! うふふ、暗闇に乗じて私のあんなものやこんなものをお兄ちゃんの口にねじ込むチャンスが到来するなんて……」
「反対! 反対!」
大丈夫、だよね?
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