12 朝


 どこかで鳥の鳴き声がする。

 朝。

 僕は誰かが部屋に入ってくる気配で目を覚ました。


 とはいえ、まだ頭が働かなくて身体が重い。

 眼を閉じたまま、誰が部屋に入ってきたのか考える。

 いや、考えるまでもない。

 妹の雪乃だろう。


 彼女は毎朝のように僕の布団に潜り込んでくる。

 ちなみに夜寝るときにも部屋にも来るけど、そのときは必死に追い返している。


 彼女は僕が気付かないように音をたてずに入ってくるみたいで、いつもは僕が自然に目を覚ますといつの間にか横に雪乃がいる、という構図だったんだけど、今日は布団に侵入される前に気付けたようだ。

 よし、ここはガツンと叱ってやろう。


 そうこうしているうちに侵入者は布団をめくって中に入ろうとしてきた。

 僕は勢いよく彼女を抱き寄せると、上半身を布団で包み込んだ。


「これで身動きが取れないだろう! さあ、パーティーの始まりだ!」


 僕は平手でパジャマの上から軽く彼女のお尻を叩いた。


「これもお前の反省を促すためだ。僕だってつらいんだぞ」


 それから僕は彼女を思いっきりくすぐった。

 彼女は最初は足をばたばたさせて抵抗していたものの、そのうちビクビクと身体を震わせるとおとなしくなった。

 少しやりすぎてしまったようだ。


「ごめんよ雪乃。でもこれに懲りたら僕の布団に潜り込むようなことは……」


 布団をめくって、僕は固まった。


「ふーちゃんの……えっち……」


 そこには、顔を真っ赤にして荒い息をついている凛々がいた。



「そうか、雪乃が僕の布団に侵入しに来る前に、起こしに来てくれたのか」


 どうやら凛々は毎朝5時ごろには起きているようで、それから6時過ぎに僕や帆希が起きるまでは、部屋で読書やぬいぐるみを使った遊びをしているらしい。


 だけどある朝、彼女が5時半ごろにいつものように恋愛小説を読みながら、ふとドアの方に目をやると、雪乃が僕の部屋の方に向かって歩いているのが見えた。

 不審に思った彼女はそっと廊下に出て、僕の部屋を覗いた。

 するとそこには……。


「ここから先は、私の口からは言えない……」

「僕は一体寝ている間に雪乃に何をされてるんだ!?」


 戦慄する僕。

 この前、具体的には8話で雪乃が言ってたのは冗談じゃなかったのか……。

 まあいいや。考えないことにしよう。


 とにかく、凛々はそんな状況を見かねて、雪乃よりも早く僕の部屋に起こしに来てくれたようだ。

 今は5時15分くらい。

 まだ雪乃も起きていないだろう。

 うーん、眠いけど爽やかな朝だ。

 今日は日曜日だから学校の準備をする必要はないし、何しようか迷うな。


 凛々は帆希を起こしに行ってしまった。

 隣の部屋から大きな物音と「ぎゃー!」という叫び声が聞こえるので、もうすぐ二人ともこっちに来るだろう。

 あとは雪乃だけど……。


「そうだ、いつもの仕返しをしてやろう」


 さっきの仕返しは不発、というか全然関係ない凛々を犠牲にする結果に終わってしまったけど、こっちから攻め込めばそんな悲劇は繰り返さないで済むはずだ。


「よし、寝ている間に顔に落書きしてやろう! 起きたら驚くぞ〜」


 僕は水性ペンを引き出しから引っ張り出すと、嬉々として雪乃の部屋に向かった。


「うっ」


 ドアを開けた瞬間、僕は早速この部屋に足を踏み入れたことを後悔した。

 黒板には僕と雪乃の名前が書かれた相合傘、本棚にはこの前見せてもらったアルバムや兄妹もののマンガ、机の上にはなくしたと思っていた僕のシャーペンやら消しゴムやらが置いてあり、床には僕と雪乃の愛欲の生活が綴られた妄想ポエムが書かれた紙が散らばっていた。


 ううむ、ここにいるだけで変になりそうだぜ……。

 とっとと目的を果たして帰ろう。


 ベッドの上を見ると、布団に包まれた雪乃がいた。

 ぐっすり寝ているようでピクリとも動かない。

 好都合だ。

 早速落書きを開始するか。


 そっと布団をめくって顔を露出させようとすると、なんと、そこにあったのは僕の顔写真がプリントされた等身大抱き枕だった。


「しかも撮るタイミングを間違えたのか半目で気持ち悪い! 盗撮するならするでもっと良い写真撮ってくれよ!」


 僕が叫んだ瞬間、誰かに後ろから押し倒された。


「ゆ、雪乃! 起きてたのか」

「お兄ちゃん、何で水性ペンなんて持ってるの? もしかして私の身体中に卑猥な落書きをしようと思ってたの? お兄ちゃんがそんなマニアックな趣味の持ち主だったなんて……。でも私は喜んで受け入れるよ! さあ、早く! カモーン!」


 そういうと雪乃はすばやく服を脱ぎ始めた。


「うおー! やめろー!」


 僕は逃げようとするものの、上にのしかかられて身動きが取れない。

 部屋の外から凛々の溜息が聞こえたような気がした。



「さあ、今日はどうする?」


 帆希はトーストを耳だけ先に食べながら皆を見渡した。

 数日前から家事は皆ですることになっている。

 この朝食も、帆希が卵や肉を持ってきて、凛々がそれでベーコンエッグをつくり、雪乃がコーヒーを沸かし、僕がチアガールのコスプレで応援するという連係プレイで作ったものだ。

 効率は悪いけど、まあ楽しいことは楽しい。


「一日中マンガ読む? それとも一日中ゲーム?」

「偏りすぎだよ。前もそうだったじゃないか」


 確かこの前は皆で一日中人生ゲームをやったんだけど、最近の世相を反映しているのかやたらシビアで、全員が借金生活に陥ってしまい、場が暗い雰囲気に包まれたんだ。

 僕なんか億単位の借金を抱えた上、子供を10人も作ったりして、かなり真剣に人生について考えさせられた。

 もうあんな日曜はこりごりだ。


「そうだ、たまには皆で出かけてみない?」

「お、良いな! どこに行く?」


 帆希は親が心配するから一人では外に出かけてはいけないことになっているけど、4人で出かければ大丈夫だろう。


「そういえば、この近くにゲームセンターが出来たらしい……」

「ああ、そういえばうちのクラスの人もそんなこと言ってたな」

「ゲームセンター!? 何それ、面白そう!」


 帆希が凄い勢いで食いついてきた。ゲーセン行った事ないのか。


「じゃあ今日はゲーセンに行こうか」



 結局僕たちは全員ゲーセンのメダルゲームにハマって仕送りやお小遣いを使い果たし、次の月までかなり厳しい生活を送ることになった。

 この前の人生ゲームの結果が現実になる日も近いかもしれない。

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