19 夜
「かんぱーい!」
かちん、と炭酸飲料が入ったコップをぶつけ合う。
つい数時間前に終業式があって、いよいよ夏休みが始まった。
今は一学期の打ち上げパーティーの最中だ。
部屋の片隅に山積している宿題や、このレクリエーションルームの黒板に書かれたインドア派を極めたような計画(17話参照)など、不安な要素はあるけど、とりあえず今はそれを座卓の上に置かれたスナック菓子と一緒に飲み込んで忘れることにする。
しばらくはそうやってお菓子を食べたり、アニメ映画のDVDを観たりしていたものの、突然凛々が大きめの紙を胸の前に掲げた。
「夏休みの計画表ができた」
見てみると、朝から晩までの予定が30分単位でずらっと書き込まれていた。
「おお、作ってくれたのかー」
どうやら帆希が凛々に作るように頼んだらしい。
「なるほど、素晴らしい表だね。ところでこの一日6時間ほどある『勉強』というのはどこの国の言語だい?」
「日本語。これでも大分少なくした」
冗談じゃない。
6時間も勉強したら学校に行っているのと変わらないじゃないか。
何とか中止させねば……。
僕の場合、計画を立てても、その時点で満足して、三日坊主どころか次の日から予定を変更してゲーム中継をお送りするのが定番なので、最近は計画表を作らなくなった。
それに、よく夏休みの終わりにあわてて宿題をやるという人がいるけど、それはまだまだビギナーで、僕なんかは9月に入って先生に叱られてから宿題をやり始めたもんだ。
ということを滔々と語ったら勉強時間を8時間に増やされそうになったので、6時間で了承しました。
それから少しテンションが下がったものの、やけ食いみたいな感じでスナックとドリンクの消費量はどんどん増えていった。
お菓子がなくなると突然メイドさんがどこからかやってきて補充してくれる。
帆希が何回かパーティーへの参加を促したけど、やんわりと断られた。
最近ちょっと会う頻度が増えた気がするけど、基本的にはこういう風に黒子に徹する人だ。
映画も終わり、スゴロクゲームをやったものの、既に何回もやっていたためすぐに飽きて、新しいソフトを買おうと帆希とゲーム雑誌を見ながら相談したりした。
夕食後に催されたこのパーティーも既に3時間ほど経過している。
もう夜の9時だ。
「ん、もうこんな時間かー」
帆希もそれに気づき、壁に掛けてある時計を見ながら、ふむんと息を吐いた。
凛々は21時からお風呂に入るという旨が書かれた計画表を掲げながら期待の目で僕たちを見ている。
帆希はしばらく考えていたが、
「ま、今日はせっかくの夏休み初日だし、深夜まで思いっきり遊んで、それからお昼まで寝よう!」
凛々は23時就寝、6時起床という旨が書かれた計画表を掲げたまま「がびーん」という顔をして固まっている。
それから凛々は計画表を僕たちの顔の前で揺らしてアピールしたものの、もはや帆希の心には届かないようだ。
よし、僕も帆希に協力しよう!
僕の視界を塞ぐように突きつけられる計画表から目を背け、ぴゅーぴゅーと口笛を吹く。
凛々はしばらくピョコピョコと僕の目の前に移動して紙を掲げて、そして僕がまた別の方向に目を向けるという事を繰り返していたけど、やがて涙目になって僕の腕をかじってきたので、慌ててお風呂に入ることにした。
まあとは言え、僕がお風呂に入るのは女子達よりも後なので、僕が入浴を終えるのはそれから1時間たってからだった。
部屋に戻ってから時計を見ると、とっくに就寝時間である23時を過ぎていたので、また凛々に怒られる前にとっとと寝ようと思いながらも、ついマンガを読んでいると、電話がかかってきた。
やばい、凛々からだ……。
ここは誤魔化すに限るな。
「むにゃむにゃ……、ふーちゃん今おねむだったのに……。何か用かにゃ?」
『……ついさっきふーちゃんの部屋からけたたましく爆笑する声が聞こえた』
ギャグマンガを読んだのは選択ミスだったようだ。
しかし彼女は別に就寝時間になっても遊んでいる僕を糾弾するために電話をした訳ではなかったようで、すぐに帆希に代わった。
『蕗乃〜、今すぐレクリエーションルームに来てくれ〜。雪乃ちゃんもいるから〜』
電話を切ると僕は早速レクリエーションルームに向かった。
意表を突いてベランダから行ってみたけど、鍵がかかっていたので普通に表に回った。
「蕗乃!さっきベランダからドンドン窓を叩く音がした! 怖い!」
「幽霊でも出たんじゃないかな? 夏だからね。それよりこの状況はいったい何だい……?」
部屋の真ん中には布団が2枚しかれていて、それぞれに凛々と雪乃が横になっている。
「凛々が布団の中でならパーティーを続けても良いって言ったから、今日はみんなで一緒に寝よう! 私は凛々と一緒に寝るから、蕗乃は雪乃ちゃんとな!」
えー……。
雪乃と一緒に寝るとか嫌な予感しかしないな……。
「さすがにこの年で妹と寝るのはちょっと……」
「ん……、じゃあ、私と一緒に寝るか?」
「い、いや、そうだ! 僕は部屋の隅で座敷童子みたいに皆を見守るよ!」
「なんで!?」
結局雪乃と一緒の布団で寝ることになった。
雪乃に「大丈夫だよ。お兄ちゃんが寝るまでは何もしないから」と言われたので、帆希と一緒にコーヒーやコーラなどを浴びる様に飲んだり談笑したりしながら粘る。
そのうちに凛々も雪乃も寝てしまったようで、その寝顔を見ていたら僕も急に眠くなってきた……。
寝苦しさにふと目を覚まして、カーテン越しに外を見ると、既に明るくなりかけていた。
「もう朝か」
何か腕が痺れると思い、顔を左に向けると、凛々が僕の腕を枕にしてすうすうと寝息をたてていた。
「ひいっ!」
思わず反対側を向くと、雪乃が僕の腕を抱きかかえて寝ていた。
彼女の胸に肘がぐいぐい押し当てられている上に、手のひらはパジャマのズボンの中に侵入してしまっていてかなりの危険水域に到達していると言って良いだろう。
僕のパジャマのボタンが全部外されているのも雪乃の仕業だな。
僕が寝た後に起きたのか、最初から寝たふりだったのか知らないけど。
しかし僕がさっき寝苦しさを覚えたのはこの二人だけが原因ではなかった。
仰向けになったまま目線を下に向けると、胸の上に帆希が寝ていた。
僕と抱き合うようにうつ伏せになって熟睡している。
涎が僕の胸の上に思いっきり垂れていてびしょびしょだ。
たまに「んひひ……」とか言いながらボタンが外れてむき出しになった僕の胸に吸いついてくる。
どうしよう、この状況。
女の子を3人も抱えて寝るなんて、端から見たら裏組織のボス並のワイルドさかもしれないけど、ヘタレな僕は困惑するばかりだ。
とりあえずここから抜け出そうと体をもぞもぞさせて、ふと違和感を覚えた。
違和感と言うより不快感の方が近いか。
何というか、ズボンのあたりがそこはかとなくしっとりしている気がする。
猛烈に嫌な予感がしてタオルケットをめくって帆希の体をちょっとずらすと……。
「う、うわあああ!」
僕の悲鳴と同時に凛々が用意した目覚まし時計が鳴り、夏休み初日の起床時間はとりあえず全員守ることができた。
しかし計画表には、休み中の諸々の注意事項に加えて『寝る前にジュースを飲み過ぎないこと』という一文が加えられることになった。
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