20 相談


 8月に入って夏真っ盛りといった感じの毎日だけど、僕たちは相変わらずインドア派な生活を満喫していた。

 みんなで食事の買い出しに行く時以外はほとんど出かけてないんじゃないかな。

 まあ最近はスーパーに行くついでにいろいろな店に寄ったり公園で遊んだりすることも多いけど、それにしても夏休みらしいことは何もしてないな。


 休みが始まる前にいろいろなイベントの企画を立てたけど、それも全く実行されてない。

 凛々の厳しい指導のおかげで宿題は順調に進んでるけど、それだけで高校1年の夏休みが終わるのも悲しい気がする。

 そろそろ何かしないとなあ。


 それはそれとして、僕は妹の雪乃と部屋のベッドの上に座って向かい合っていた。

 いつものように雪乃の方から勝手に僕の部屋に来たわけではなく、僕が呼んだのだった。

 これは割と珍しいことだった。


「で、相談って何?」


 そう、僕は雪乃に相談があったんだ。


 それは帆希についてだ。

 前々からうすうす感づいてはいたけど、夏休みに入って昼も夜もみんなと一緒に過ごすようになってからより顕著になってきたことがある。

 いくつか例にとって話そう。



・ケース1


 その日、僕たちは午前の分の勉強が終わり、勉強部屋として利用している旧校舎図書室からレクリエーションルームとして使っている5階の端の部屋に移動して、ゲームをしていた。

 今回プレイしているのは海外のRPGで、今まで僕たちがやっていたゲームとは違う雰囲気だったけど、帆希は気に入ったようだ。

 やたらと本筋以外の要素が膨大で、帆希はメインクエスト、僕達3人はサブクエストを担当するという配分で、今は帆希がプレイしていた。


 僕はぼーっと画面を眺めたり、戦闘シーンになると一時的に操作を交代したりしていた。

 帆希は相変わらず操作がうまくないからね。

 雪乃は僕の足の間に横になり、太ももを枕代わりにしながらマンガを読んでいた。


「ふぅ〜、やっとクエストクリアしたぞー。次は雪乃ちゃんの番な〜」


 帆希はコントローラーを床に置くと、立ち上がって伸びをした。


「あ、はい」


 雪乃はマンガを放り出して続きをやり始めた。


 帆希は僕の横に座ろうとしたものの、妹が置いたマンガを見ると、


「ん、このマンガの新刊、もう出てたのか!」


 そういってそれを拾い上げると、雪乃と同じように僕の足の間にドカッと座り、太ももを枕にして読み始めた。


「えっ」


 今までそんな風にされたことはなかったので、内心驚いたけど、退かす訳にもいかず、僕は黙ったまま帆希を足の上に載せていた。

 もちろん雪乃のゲームプレイは全く頭に入らなかった。


                 ☆


「うん、確かにあれにはびっくりしたよね。凛々さんも、口では何も言わなかったけど、退かせようと帆希さんの体を揺すったりしてたし」



・ケース2


 あれはいつものようにみんなでスーパーに食材を買い出しに行った時のことだ。

 帰り道、僕たちはしばらく学校の近くの公園で時間をつぶしていた。


「なーなー、ちょっと喉乾かないか?」


 帆希はそう言うと公園の外の自動販売機に駆け寄った。


「これ、前から気になってたんだ」


 その自販機にはルーレット機能が付いていて、同じ数字が並ぶとジュースがもう一本もらえる仕組みになっていた。


「やってみよう! やってみよう!」


 乗り気な帆希。


 僕は何年か前にこういうタイプの自販機で一回当てたことあるんだけど、どのジュースをもらおうか悩んでるうちに時間切れになって、もらえなくなっちゃった悲しい過去があるんだよなあ。

 制限時間があるならわかりやすく表示してくれればいいのに……。

 その時のリベンジをするチャンスかもしれない。


 僕はポケットからお金を取り出した。

 みんなも1本ずつ買うつもりのようだ。

 結論から言うと、ルーレットは全員ハズレだった。

 まあそんなもんだろう。


 それから僕たちはベンチで買ったものを飲み始めた。

 陽が落ちかけているとはいえ、まだまだ暑いし、スーパーで買った物が傷まない様になるべく早くしないとな……。

 などと思っていると、帆希が駆け寄ってきた。


「なーなー、それおいしそう! 一口ちょうだい!」


 帆希は僕が飲んでいるエナジードリンク的な飲み物を指差した。


「え……」


 既に飲みかけなので、少し戸惑いながらドリンクを持った手を上げると、それを了承と捉えたのか、彼女は僕の手から缶を持ち去って、その中身を喉に流し始めた。


「蕗乃もこれちょっと飲んでいいからなー」


 そう言うと帆希は自分が飲んでいたフルーツ系の炭酸飲料を手渡した。


「う、うん……」


 何だろう、雪乃と凛々からの視線が痛い。

 でも僕はこういう時に断れない性格なので、帆希が飲んだペットボトルに口を付けた。


                 ☆


「そうだったね。あの時のことはよく覚えてるよ。っていうか数日前の事だしね。……あーっ! もう! 思い出したら腹が立ってきた! お兄ちゃんと間接キスして良いのは私だけなのに! これはもう直接キスしないと気が済まないよ!」


 そう言うが否や、僕の妹は口をタコのようにして襲いかかってきた。

 僕は慣れたものなので、無言でひらりとかわした。


「ぶげえ!」


 雪乃は乙女にあるまじき悲鳴を上げると、勢い余って僕の股間に頭から突っ込んでしまった。


「ぎゃああー!」


 悶絶しながらベッドの上を転がる僕。

 雪乃は転ぶ際に僕の腰にしがみついていたので、つられて一緒にごろごろと転がっていた。

 何やってるんだろう僕たち……。


「ふむふむ。お兄ちゃんの悩みがちょっと見えてきたよ」


 ひとしきり暴れ回った後、冷静さを取り戻して再びベッドで向き合う二人。


「おお、そうか。さすが血を分けた兄妹。僕の言いたいことを分かってくれたか」

「血は分けてないけどね。義理だからね。何度も言うけど。それより、今の二つのケースはどっちも私が一緒にいた時の出来事だよね? 私が知らないお話はないの?」


 そうだなあ……。



・ケース3


 一昨日の夜の話だ。

 たぶん深夜2時頃だったかな?


 凛々の夏休み計画表に従ってとっくに就寝していた僕だったけど、何故かふと目が覚めてしまった。

 何だろうと思っていると、トントン、という音が響いてくる。

 どうやら断続的に部屋のドアが叩かれているようだ。


 体を起こして扉の方を見ると、小窓の向こうに帆希の顔があった。


「トイレ……」


 ドアを開けると帆希はもじもじしながら呟いた。

 その言葉で、僕は数時間前の事を思い出した。


 その日は、雑誌の評判を見て適当に買ったゲームをやっていたんだ。

 そのゲームは海外のゲームで、ホラーゲームに分類されている訳ではないんだけど、結構表現が過激で、スプラッターな感じだった。

 その時から帆希は怯えているような感じだったので、トイレに行くのが怖くなってしまったのかもしれない。


 パジャマの袖を掴んでくる帆希をトイレに連れて行き、無事に帰るところまでは普通に済んだ。

 それから再び夢の世界に舞い戻ろうとする僕だったけど、何故か帆希が部屋の中まで入ってきて、僕のベッドのそばに立っていた。


「どうしたの?」

「……一緒に寝て」


 帆希は涙目になっていた。

 もしかしたら、トイレに起きたのではなく、この時間までずっと眠れなかったのかもしれない。

 帆希はもともと甘えん坊で、実家にいた頃は毎日両親やメイドさんに添い寝してもらっていたみたいだから、無理もない。

 恥かしさを抑えて何とか声を絞り出して、「わかった」というと、帆希はベッドの中に潜り込んできた。


 次の日の朝、凛々に体を揺すられて起きてみると、帆希は暑さのせいでパジャマを脱いでいて、裸で僕に抱き着いている状態で、二人とも凛々にこっぴどくお説教されてしまった。


                 ☆


「ずるいずるい!」


 叫びながらベッドの上で足をバタバタさせる雪乃。

 スカート姿なので中が見えている状態だけど、まあ今更だ。


「そう言うなって。帆希はただ怖いから添い寝して欲しかっただけなんだから」

「私も毎日怖いもん! 添い寝してくれないと眠れないもん!」

「じゃあ帆希と一緒に寝れば良いじゃん」


「ぐぬぬ……。それはそうと、お兄ちゃんは最近の帆希さんの大胆な行動に悩まされてるんだね?」

「うん。大胆な行動っていうか、男として意識されてない感じなんだよね」

「なに、お兄ちゃんは帆希さんに男として意識されたいの?」


 雪乃の目つきが少し鋭くなった。


「ち、違うよ! ほら、ちゃんと節度ある行動をとってもらわないと……」

「じゃあ、帆希さんが本当にお兄ちゃんを男として意識してないか確かめに行こうよ」



 雪乃と僕は廊下に出て帆希の部屋に向かった。


「何をする気だよ?」

「その時のお楽しみ♪」


 帆希は部屋にいなかったので、Uターンしてレクリエーションルームの方に向かうと、ちょうど女子トイレから帆希が出てきた。


「あ、帆希」


 僕が手を上げると、雪乃は僕の後ろに回り込んで、凄まじい勢いでしゃがみこんだ。

 何をしてるんだ? 

 帆希の方を見ると、僕の足の方に視線を向けて目を白黒させている。


 ふむ、何か知らないけど突然気分が良くなってきたぞ。

 清涼感を感じるというか、素晴らしい解放感で、背中に羽が生えたようだ。

 その原因を探ろうと自分の体を見下ろしてみると、おやまあ!


 ズボンとトランクスが下されて下半身が自由を謳歌しているではないか! 


 帆希はしばらく顔を赤くして立ち尽くしていたけど、


「も、も〜、蕗乃は悪戯っ子なんだから〜」


 照れたような声でそう言うと僕の横を足早に通り過ぎてしまった。


「うーん、今のリアクションだとちょっとよくわからないなあ……」


 呆然と立ち尽くす僕を尻目に、雪乃は真剣な面持ちで腕組みしていた。


「ひっ……」という小さな悲鳴が聞こえたのでそっちの方を見ると、凛々がレクリエーションルームから出て僕の反社会的ないでたちを見て驚いているところだった。


「お兄ちゃん、いつまで露出してるの? 私が手で隠してあげるね?」

「お前が脱がせたんだろ……うわっ、冷たっ! こら、触るな!」



 それから僕たちはまた部屋に戻ってベッドの上に向かい合って座った。


「とにかく今の実験だとよくわからなかったから他の方法を考えないといけないね」

「いや、もういいよ……」


 よく考えたら、男として意識していようとなかろうと、知り合いが下半身裸で立ち尽くしてたら動揺するよな……。


 そもそも何で雪乃に相談しちゃったんだろう……。

 タイムマシンがあったら相談を持ちかける前の僕に殴り込みに行くところだよ……。


「大体さー、同じ家に住む家族として信頼してるからそういう態度をとるんじゃないの? 別に無理に変える必要はないと思うけどなー」

「そ、そうかな……」

「うんうん。メイドさんに聞いたけど、学校ではあんなに明るくないみたいだし、男子達ともめったに話さないで高嶺の花みたいな扱いになってるみたいだし」


 うーん、普段の彼女を見てると想像つかないな……。

 まあ何となく内弁慶っぽい感じはあるけど。


「まあそんな訳だし、無理矢理変えようとして信頼を裏切るよりは現状維持で良いんじゃない?」

「うーん、そうかもしれない……」

「もしくは、信頼を逆手にとって、無邪気な振りをして一緒にお風呂に入ったりエロエロな所業に励むとか……」

「なんでお前はすぐそういう発想になるんだ……」


「ちなみに私もお兄ちゃんのこと信用してるから、一緒に寝たりお風呂に入ったりしても平気だよ?」

「いや、僕からお前に対する信用が0なんだけど……」

「むぐ……。じゃ、じゃあ私が絶対変な事しないって約束すれば、一緒にお風呂に入ってくれるの!?」

「うん、良いよ」


 僕が爽やかに言い放つと、雪乃は雷に打たれたような動揺を見せた。


「えっ、ホントに? 一緒に洗いっことか、湯船で膝の上に座ったりとかしてもいいの?」

「良いよ。一切変な事はしないって誓えるんならね。もし約束を破ったら絶交だけどね」


 雪乃はガタガタと震えだした。


「そんな……。まさかこんな簡単にOKが貰えるなんて……。今まで何年時間を無駄にしてきたんだろう……」


 大袈裟だな。

 妹は天啓を受けた修行僧のようにしばらく異様な様相だったけど、突然ベッドに突っ伏すと、


「うあーーーーーーーっ! お兄ちゃんの裸を前にして変な事をせずにいるなんて、私にはできないいいいいいいいいいい!」


 旧校舎に絶叫を響かせると、彼女はゴロゴロと転がり、ベッドがら転げ落ち、そのまま器用にドアを開けて、ローリングしながら自分の部屋に戻っていった。


「ふう……」


 狙い通りだ。

 この手はしばらく使えそうだな。

 何だか自分の首を絞めているような気がしないでもないけど。


 帆希に関してはしばらく保留ということにしよう。

 僕のことを家族のようなものとして信用してくれているんなら、それに答えたい気持ちもあるし、雪乃の行動に比べたら可愛いもんだからね。


 それにしても分からないことがある。

 帆希は何で僕を信用してるんだろう。

 思えば最初に会った時から彼女は僕に優しくしてくれてた気がする。


 初めての一人暮らしをしたばかりで、寂しかったというのもあるだろうけど、それだけじゃない気がするんだよなあ。

 今までは、ただ人懐っこいからだと思ってたけど、学校での様子を聞く限りではそうでもなさそうだ。

 何か僕が気付いていないような理由があるんだろうか?


「まあ、考えてもしょうがないか」


 そう呟くと、僕は帆希と凛々に先程のスキャンダルの謝罪と弁明をするためにレクリエーションルームに向かった。

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