21 プール
「どうしよう……、何もやってない……」
いつものように旧校舎の図書室で夏休みの宿題をやったあと、帆希は机に突っ伏して呻いた。
「もう夏休みも半分すぎたのにやったことといえば宿題だけ……。こんなことで一度きりの高校一年生の夏休みが終わっていいのか……?」
「勉強のあとは毎日レクリエーションルームでゲームやってたけど……」
凛々が言うと、帆希は、
「そんなんじゃ学校がある時と同じじゃないか〜! もっと夏休みらしい事がしたい〜!」
脚をバタバタさせた。
うーん、この前までは僕がそういう風に言っても、
「まだあと一ヶ月もあるから大丈夫!」
とか言ってたけど、今になって焦りがでてきたようだ。
「……泳ぐ……」
「えっ?」
「今からプールで泳ぐ! 早速水着に着替えよう!」
帆希は椅子を後ろに倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
その数分後、僕たちは水着姿で廊下に集合した。
特に用意がなかったので、みんな学校指定の水着だ。
普段の授業だと男女別だから、間近で女子の水着姿をみると新鮮な感じがする。
「きゃ〜、お兄ちゃんがえっちな目で帆希さん達のこと見てる〜」
「僕のお尻をさりげなく撫でてくるお前に言われたくないよ!」
僕は雪乃の手を払うと、先を歩いている帆希たちを追いかけた。
「それにしても雪乃も指定の水着なのは意外だな。ただの紐を水着として着てくるかと思って戦々恐々としてたよ」
「お兄ちゃんは私を何だと思ってるの……」
「ははっ、ごめんごめん。そこまで変態じゃないか……」
「お兄ちゃんの性癖くらい分かってるよ。妹のスクール水着に興奮するんでしょ?」
「謝って損したよ」
プールに行くと、ちょうど水を張っている最中だった。
「さあ、早速泳ごう!」
帆希が雄叫びをあげながら水面に向かって走ると、突然ピピーっと笛の音が響いた。
プールサイドを見ると、監視用の高い椅子の上にメイドさんがいた。
いつものメイド服姿ではなく、スクール水着に身を包んでいた。
それでもヘッドドレスと蝶ネクタイはつけているのが変態っぽい。
いや、変態だ。
「お嬢様、プールサイドでは走らないでくださいね」
「は〜い……」
普段はメイドさんは僕たちが遊んでいる時は姿を見せないけど、子供達だけで水遊びをするのは危険と判断したのか、今回はそばで見ていてくれるようだ。
雪乃並の変態に見えて意外と真面目なところあるよなあ。
まあ、変態だけど。
などと思っていると、メイドさんは椅子の背もたれに置いてあったスケッチブックと鉛筆を取り出して、何かを熱心に描き始めた。
そしてその熱のこもった視線は、スケッチブックと僕の体の間を往復しているように見えた。
一体何を描いてるんだろうね……。
「メイドさん……、夏コミの準備で色々忙しいのにデッサンの練習を怠らないなんて……」
雪乃は何やら感動している様子だった。
メイドさんのことは気にしないようにして、僕たちは軽い準備運動をすると、プールに入った。
「わっ、冷たい!」
帆希は手足を振り回してはしゃぎ始めた。
跳ねた水が凛々にかかり、そのうち二人は水の掛け合いを始めた。
「お兄ちゃん、私たちも遊ぼう!」
雪乃はプールサイドにある箱を指差した。
その箱の中には色のついた石が入っていた。
メイドさんが用意してくれたのかな?
「えいっ」
雪乃は石を掴むと、水中に放り投げた。
「石を五個沈めたから、たくさん拾った方が勝ちね」
ああ、そういえば小学生の頃、授業でそんなゲームやったなあ。
雪乃は早速一つ石を拾い上げた。
「言い忘れたけど、負けたら一枚脱いでもらうからね〜」
「一枚しか着てないよ!」
僕は慌てて雪乃が投げた方を探索し始めた。
水の掛け合いから鬼ごっこに発展した帆希と凛々を尻目に、僕は何とか2個の石を拾った。
妹も2個持っているみたいだから、残りの1個を拾った方が勝ちだ。
何処にあるかあちこち見渡すと、
「あった!」
それは妹の足元にあった。
僕は水を蹴って脇目も振らずにその石の方に直進し、手を伸ばした。
(よし、取った!)
勝利宣言をしようと顔を上げると、
「むぐっ!?」
突然視界が塞がった。
「んぐぐぐ!」
目だけじゃない。
顔全体が何かに覆われて呼吸ができない。
「んんーっ!」
「お、お兄ちゃん、くすぐったいから喋んないで……!」
ようやく僕の顔を塞いでいたものが少し離れたので、隙間から上を見上げると、妹の顔があった。
ほほう。
どうやら僕は水面に顔を出した拍子に、妹を肩車の逆バージョンみたいな感じに持ち上げてしまって、彼女の下腹部に顔をうずめていたらしい。
悲しい事故である。
「おっとっと……」
倒れないように、妹の腰を掴んでバランスをとりながらフラフラしていると、僕の方に何かが近づく気配がした。
僕の顔と妹のお腹の隙間から横を見ると、
「ほ、帆希……」
帆希がかなりのスピードで僕の方に向かって泳いでいた。
彼女は凛々から逃げるために泳いでいる最中で、後ろに気を取られていてこっちに気づいていないようだ。
このままではぶつかる。
僕も雪乃を乗せたままでうまく動けないし、仕方ない、身を挺して帆希を受け止めよう。
「雪乃、しっかりつかまってろよ」
「えっ? う、うん……」
雪乃は帆希に気づいていないので、一瞬キョトンとした顔を浮かべたけど、すぐに僕の頭を抱き寄せてしがみついた。
……って、これじゃあまた前が見えないよ!
しょうがないので勘でタイミングを測って帆希に抱きついた。
「わぷっ! り、凛々! いつの間に前に!?」
彼女は後ろに気を取られていたので、凛々に捕まったと勘違いしたらしい。
「まだだ!」
帆希はバシャバシャと暴れ始めた。
「んー、んむむむー(わー、僕だよー)」
気づいてもらおうとするものの、雪乃の体で口が塞がれているので声がうまく出ない。
「わーっ!」
ついに僕はバランスを崩して、雪乃と共に前のめりに倒れてしまった。
帆希を押し倒す形になってしまったので、水中で彼女を抱き起こすようにして起き上がった。
「こほっ……、大丈夫だった?」
「けほっ、けほっ、ふ、蕗乃?」
多少鼻に水が入ったようだけど、無事のようだ。
雪乃も、しっかり僕にしがみついている。
僕の呼吸が苦しくならないようにか、今は背中側に回っていて、普通の肩車の状態になっている。
いや、そろそろ降りて欲しいんだけど。
3人はしばらく咳き込んだけど、ようやく復活してきた。
だんだん落ち着いてきたことで、少し余裕が出てきた。
帆希はさっきからずっと僕にしがみついている格好なので、流石に恥ずかしくなって、離れようとして彼女の体に触れると、
「ひゃっ……」
「……?」
何だろう?
指先が何か粒のような物に触れたぞ?
「ふ、蕗乃……」
「お兄ちゃん、何やってるの……?」
二人のただならぬ様子を不思議に思い、ふと自分の手元を確認すると、そこには帆希の胸があった。
しかも、さっきの取っ組み合いの結果そうなったのか、水着がはだけて肌が露出していた。
「わっ、ご、ごめん!」
僕は慌てて後ずさりをして、バランスを崩して肩の上の雪乃と共に再び水の中に倒れこんだ。
それからしばらく帆希は顔を赤くして俯いていたものの、凛々が珍しく自分から水を帆希に掛けて勝負を仕掛けると、たちまち元気を取り戻した。
ありがとう凛々。
数十分ほどみんなで水を掛け合って、それから全員でさっき僕が雪乃とやった石拾いゲームをやった。
途中雪乃が僕の海パンを脱がして逃走するアクシデントもあったけど、概ね順調に水遊びを楽しんだ。
ちなみにその間メイドさんはずっと鉛筆を動かしていた。
「ふう。そろそろ上がるか」
帆希が満足した様子でそういう頃には、僕達はすっかり疲れ果てていた。
「よくシャワー浴びとけよ〜。あと、更衣室は男女分かれてるからな〜。女子の更衣室は手前だぞ〜」
行きは部屋で着替えてからプールに向かったけど、帰りは濡れた状態で廊下を歩きたくないので、更衣室で着替えることにしたんだ。
男子用と女子用間違えないようにしないと。
シャワーは男女共用なので、最初女子が体を洗って、数分経ってから僕が洗うことになった。
僕はしばらく誰もいない校庭を眺めていたけど、何やら水音がするので振り向くと、メイドさんがものすごい勢いで泳いでいた。
その姿に思わず見惚れていると、いつの間にか数分経過していたので、慌ててシャワーに向かった。
海パンを脱いでシャワーを浴びていると、向こうの方でドアが開く音と帆希の話し声が聞こえた。
もう着替え終わって、外に向かっているようだ。
これなら裸のまま男子更衣室に向かっても大丈夫かな?
多分みんな僕が着替え終わるまで外で待っててくれるだろうし、急がないと……。
シャワーを終え、早足で更衣室に続く廊下の角を曲がろうとすると、
「あ……」
向こうから曲がってきた誰かと衝突してしまった。
「り、凛々……!」
咄嗟に彼女を抱き寄せ、何とか2人とも転ばずにすんだ。
しかしそれよりも大きな問題があった。
「な、何で裸なの!?」
彼女は全裸だった。
帆希といっしょに着替えてたんじゃないの?
「……トイレに行って、それから体を洗い直そうと思って……」
彼女は真っ赤な顔で絞り出すようにそう言うと、手に持ったスクール水着で前を隠しながら、更衣室の方に脱兎のごとく去って行った。
後ろは隠してないからお尻見えてたよ……。
「…………」
何だか今日は3人それぞれにとんでもないことをしてしまった気がする……。
後で謝った方がいいのかな……?
そんなことを思いながら呆然と立ち尽くしていたものの、
「凛々〜、蕗乃〜、まだか〜?」
外から帆希の声が聞こえたので、慌てて手前の更衣室に飛び込んだ。
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