18 ハッピー
7月に入って数日がたったある朝。
僕が目を覚まして時計を見ると、あと20分で学校が始まるところだった。
「ふおお! 遅刻する!」
僕は慌ててパジャマを脱ぎ捨てると、制服に着替え……、
「あれ、制服がない」
いつも服を掛けているハンガーは空になっていた。
下着姿のまま部屋の中を見渡すと、入り口の近くに大きな段ボールがあった。
寝る前にはこんな物はなかったはずだ。
メイドさんが荷物を届けてくれたのかな?
不思議に思いながらも開けてみると、中には妹が入っていた。
「お兄ちゃん、私をあげる……」
ああ、最近やたら暑くなってきたし、妹もついにおかしくなってしまったのか。
僕は裸にリボンだけ巻き付けた妹に哀れみの目を向けると、静かに段ボールを閉じたのだった。
めでたしめでたし。
「ちょっと!」
雪乃が勢いよく飛び出してきた。
「裸リボンで迫る妹に対して反応はそれだけ!?」
「いや、本当はこのまま宅急便で実家に送りたいところなんだけど……」
「そうじゃなくてもっと……」
妹がぷんぷん怒りながら僕に掴みかかってきた瞬間、帆希と凛々が部屋に入ってきた。
「蕗乃〜、もう起きたか〜? 朝ご飯は私たちで作っておいたから早く食べて学校に行こう……」
彼女たちの目の前にはパジャマを脱いでトランクス一丁の僕と、裸に赤いリボンを巻いただけの妹がいた。
人間世界の常識と隔絶された兄妹の姿がそこにあった。
「あ、もうそんな時間なんだ。すぐ行きますね」
雪乃が通う中学はここから結構離れているので、この時点でもう遅刻確定のはずなんだけど、気にしている様子はない。
しかし朝から何でこんな手の込んだ事したんだろうね。
やっぱり暑さがそうさせたのかな……。
本気で心配になってきたぞ。
ちなみに、妹は入り口の帆希の方に体を向けたので、僕からは彼女の後ろ姿が見える状態だ。
リボンが雪乃のお尻に食い込んでいて、まるで裸のようだった。
まあ、もしかしたら血が繋がっていないかもしれないとはいえ、妹のお尻なんて見ても別に何とも思わないけどね。
「ふ、蕗乃! 何か鼻血がジェット噴射してるぞ! 大丈夫かー!?」
結局その日はみんな揃って遅刻した。
しかしトランクス姿でよかった。
もし制服を着た状態であんな鼻血を出していたら、前が深紅、後ろが白のやたら縁起が良さそうなワイシャツにカスタマイズされた状態で夏休みが始まるまで過ごすことになってたぜ……。
あと見つからなかった僕の制服は段ボールの中に隠されていた。
雪乃は僕が起きるまで暑い中1時間以上段ボールに閉じこもっていたようで、汗でびしょびしょになっていた。
そして放課後。
旧校舎に戻ってよく冷えた麦茶を飲んでいると、雪乃が帰ってきた。
「ただいま。今朝大丈夫だった?」
「ああ。暑さのせいで大量の鼻血を出すなんて、不覚だったぜ」
「お兄ちゃんの中ではそういう事になってるんだ……」
そうしないと精神的に耐えられそうにないからな。
「ところで何で今朝あんな事したんだよ」
僕が問いつめると、雪乃は心外そうな顔をした。
「何でって、毎年やってるじゃん。お兄ちゃんの誕生日プレゼント」
「えっ」
思わず壁に掛けてあるカレンダーを確認する。
そうだ。今日は僕の誕生日だった。
旧校舎に来てから色々あったし、誕生日の話題もなかったから、すっかり忘れてた。
「どうしたんだ〜」
帆希が麦茶の入ったコップを片手にやってきた。
「いや〜、今朝雪乃が変な事してたの、僕の誕生日のプレゼントだったんだって! あはは!」
「……今日は蕗乃の誕生日だったのか?」
「うん。そうなんだ」
「そうだったのか〜。はははは」
「あははは!」
僕と帆希はしばらく笑いあった。
しかし、帆希は突然険しい顔になると、
「何でもっと前に言わなかったんだー!」
珍しく怒る帆希に戸惑っていると、凛々が入ってきた。
「どうしたの、ボス」
「あっ、凛々〜、蕗乃が、今日誕生日なのに内緒にしてたんだ」
涙目で言う帆希の言葉に一瞬硬直する凛々だったが、
「そう。しょうがない」
ほっ、良かった。凛々は怒ってないみたいだ……。
「私たちは所詮他人だから、誕生日を教えてもらえなくても文句は言えない……」
ゴゴゴ……、という擬音が聞こえた気がした。
やっぱり怒ってるー!
でもやっと僕にも二人が怒っている理由がわかった。
確かに、雪乃だけが僕の誕生日を知っていてプレゼントを用意していたりしたら、仲間外れにしているように感じるかもしれない。
僕は自分も誕生日を忘れていたことを彼女たちに説明した。
「ごめんなさい。お兄ちゃんの誕生日の日付は、私にとっては国民の休日並に常識だったから、つい説明するの忘れちゃいました」
雪乃はぺろっと舌を出した。
まあ僕は祝日もすっかり忘れて、当日になって「今日休みじゃん! ラッキー!」ってなることがよくあるけどね……。
それから帆希と凛々も機嫌を直してくれて、みんなでちょっとしたパーティーをするために一緒にスーパーに行くことにした。
その途中、もうこんな事がないように、あらかじめ誕生日について話しておこうという事になった。
帆希の誕生日は夏休みの真ん中、8月の中旬。
凛々の誕生日は秋の終わり頃。
雪乃は2月。
メイドさんは買い物にはついてこなかったけど、帆希が教えてくれて、4月の始めのようだ。
そうこうしているうちに、いつも使っているスーパーに着いた。
「今日は蕗乃が好きな物何でも買っていいぞー」
「本当!? やったあ!」
早速僕はカゴにじゃ○りこを大量に搭載した。
しかし、凛々に次々と棚に戻された。
なので代わりにハンバーグやトンカツ、お寿司、ハンバーグなどをかごに入れていく。
「ハンバーグを二つ入れたぞ!?」
おいしいからね、ハンバーグ。
「そんなに好きなら、手作りにしよう」
そういうと、凛々は出来合いのハンバーグを元の場所に戻して、挽き肉などをかごに入れた。
それからあっという間に僕の誕生日パーティーは終わり、僕は過剰に栄養を詰め込んだお腹をさすりながらお風呂に向かった。
「そういえば友達が誕生日会を開いてくれたのって何年ぶりだろうな……」
そんなことを考えていた僕はすっかり意気高揚していた。
「よし、今日はおもいっきり湯船にダイブしてみよう」
そう思うが否や、僕は高く飛び上がり、大きく手足を広げて湯気の中に果敢に飛び込んだ。
「ぐえーい!」
「もごっ!」
何かにぶつかって無様にお湯の中に沈む僕。
軽く溺れかけながらも湯面から顔を出すとそこには、
「ひいっ……」
ガーディアンがいた。
お風呂の中なので、もちろんいつもの剣道着姿ではなく裸だ。
突然の出来事にうろたえながら僕とぶつかった顔を押さえている。
「ガ、ガーディアンが何故ここに!?」
「ね、姉さんが久しぶりに一緒にお風呂に入ろうっていうから……」
消え入りそうな声でぼそぼそと言うガーディアン。やっぱり面を装備してないと弱気だな……。
しかし、姉さんというのはこの前(16話)の出来事からするとメイドさんの事なんだろうけど、彼女がお風呂に入るのは僕のあとだ。
早く来すぎてしまったんだろう。
などとのんきな事を言っている場合じゃないな。
いくらガーディアンとはいえ女の子。お風呂に一緒にいるのは問題があるだろう。
しばらくお互いに黙っていたものの、埒があかないので、僕が先に出ることにした。
「それじゃ、お先にっ!」
「あっ……」
僕が立ち上がると、不意に手を引っ張られた。
思わず振り返ると、
「きゃっ……」
彼女は顔を真っ赤にして、手で顔を覆った。
くっくっく、股間を隠し忘れたぜ。
ガーディアンは目を渦巻き状にすると、混乱した状態で立ち上がって、出口までダッシュした。
再びお風呂場に静寂が戻った。
僕も少し混乱気味だけど、このまま湯船でゆっくりして落ち着こうと思っていると、
「フハハハハ! 最近後れをとってばかりだったが、今日こそは引導を渡してくれるわ!」
入り口に現れたのは、全裸に剣道の面と竹刀だけを装備して舞い戻ってきたガーディアンだった。
彼女は面を装備しているときは強気で、鬼の寮監として男子寮の皆から恐れられているのだ。
「変態だー!」
僕は思わず湯船の中で後ずさりをした。ドン引きである。
「黙れ! この前から恥ずかしい思いばかりさせて! 切り落としてくれるわ!」
「何を!?」
それには答えずに僕のところに全力疾走してくるガーディアン。
女子高生が裸で迫ってきているのに恐怖しか感じないと言うのはなかなか得難い状況だよね。
何とか逃げようと立ち上がりかけると、
「ポォウ!」
ガーディアンは床に転がっていた石鹸を踏んで、その勢いで空高く舞い上がった。
さっきの僕と同じように、手足を大きく広げ湯船に飛び込んでくる裸の女子高生。
端から見るとかなり恥ずかしい格好だな。
僕も気をつけないと。
そう思っているうちに、ばしゃーん、と水しぶきがあがった。
彼女はすぐにお湯から顔を出して呆然としている。
僕はその隙に後ろから彼女の面を外すと、手の届かないところに転がして、そのままお風呂の出口に向かう。
「ああ良い湯だった……むぎゅう!」
出口から突然何か柔らかいものが現れて正面衝突してしまった。
「あら、蕗乃さん。体も洗わずに出ちゃだめですよ」
メイドさんだった。
彼女は僕の肩を掴んでくるっとUターンさせると、そのままシャワーのところまでぐいぐいと押した。
僕をイスに座らせて、暖かいシャワーをかけながらガーディアンをそばに呼び寄せるメイドさん。
「これからいったい何が始まるんだ……」
ガタガタと怯える僕。
「雪乃さんから聞きましたよ。今日お誕生日なんですよね。ですから私達姉妹が二人でご奉仕するというお誕生日プレゼントを……」
何で雪乃と言いメイドさんと言い、あたかも僕が望んでいるかのように普通に変態的なプレゼントを用意するんだ……。
「そういえばこの事は雪乃は……」
「ええ、さっき脱衣所から電話で彼女にも伝えましたよ。ご奉仕に参加するため、今部屋から全裸で猛然とこちらに向かっている最中みたいです」
「お風呂場が変態の溜まり場になろうとしてる!」
僕は思わず叫ぶと、メイドさんの手を振りきって出口に向かった。
そのまま着替えをひっつかむと、裸のまま全速力で逃げ出した。
格好なんか気にしている場合じゃない。
青春は常に何かからの逃走なのだから。
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