4 歓迎会


 部屋で雑誌を読んでいると、帆希と凛々が入ってきた。


「ピザが届いたからそろそろ凛々の歓迎会をするぞー……ん、そ、それは今週号のハミ通! 歓迎会はそれを読んだあとでも遅くはないな!」


 と言う帆希をレクリエーションルームに引っ張って、僕たちは3枚の巨大なピザを取り囲んだ。やはりピザは熱いうちに食べねば。


 ふと凛々の方を見ると、彼女はよだれを滂沱と垂らしていた。

 そういえばもう何日も食べていないんだったな……。

 帆希もそれを察したのか、一箱を凛々の前に差し出した。


「ほら、私たちはあとでいいから先に好きなだけ食べていいぞ」


そう言って蓋を開けると、中から湯気が立った、海老やら貝やらが載った大判のピザが現れた……と思ったら次の瞬間には消え失せていた。


 驚いて凛々の方を見ると、彼女は口をもぐもぐさせながら恍惚の表情を浮かべていた。


「あの、凛々?」


 呆然としながらも声をかけると、彼女はハッとして顔を赤くした。


「ごめんなさい、私、ついふーちゃんの分まで……」

「いや、それは別にいいんだけど……まだあと2枚あるし」


 そう言いながらもう一つのピザの蓋を開ける。


 今度はチキンが大量に載ったピザだ。

 それを帆希の部屋から持ってきたお皿に取り分けて食べる。

 くっ、テリヤキソースがたまらん……。

 僕は感動の涙を流した。


 ふと視線を感じて凛々の方を見ると、彼女はジーーーーーーーーっと僕の方に、正確にいうと僕のピザの方に熱い視線を送っていた。

 自分の分はとっくに食べてしまったようだ。


「……いる?」


僕が尋ねると、彼女は慌てて、


「でっ、でもそれじゃあふーちゃんが……」

「大丈夫だよ、まだあと一枚あるし」

「……じゃあ……もらう……」


 そういうと凛々は口を開けて僕の方を向いた。

 僕が餌付けをするような感じで口の中にピザをいれてあげると、さっきまでとは違い、ゆっくりと味わって食べた。

 幸せそうな顔だ。


 帆希は一連の流れをどこか憮然とした顔で見ていたが、凛々が僕の2枚残っていたうちの1枚を食べ終わって、もう1枚を僕が口にいれてあげようとすると、突然割り込んできて自分のピザを凛々の前に差し出した。


「そんなにお腹が空いているんなら、私の分をあげよう! ほら、あ〜ん」


 凛々は帆希のピザをじっと見つめていたが、


「がぶがぶっ!」

「ぎゃああー!」


 帆希の手ごとかじりついた。


 さすがの凛々もこれだけ食べて満足したようで、3枚目のチーズがメインのピザは丁度3等分にして食べることになった。

 僕なんかこれだけでお腹いっぱいだ。


 全てのピザを食べ終わると、帆希はゲームソフトを取り出した。


「さあ、朝までゲームしよう!」


 にこやかに宣言する帆希。

 いや、明日学校なんだけどなあ。

 このままでは確実に授業中居眠りを……ああ、それはいつも通りか……。


「大丈夫。学校に行く前にしっかり寝ておけば授業中は眠らないですむ」

「それだと学校につくのは確実に昼過ぎだよ……」


 サボるつもりなのか。

 理事長の娘とは思えないセリフだ。


「むー、ゲームによって得られる友情は学校の授業よりも尊いぞ」

「それなら来週の土曜日とかにしようよ!」

「来週は来週でいろいろやりたいことあるし!」


 僕たちが言いあっていると、凛々は無言のままゲーム機の前に座り直し、コントローラーを握った。


「さあ……徹夜でゲームしよう……できるものなら」

「凛々……?」

「大丈夫。私に任せて」


 不敵に笑う凛々。

 帆希はパアッと顔を輝かせ、対戦の準備を始めた。

 それにしても凛々は3日連続で迷子のため学校を欠席して、それで今日も徹夜して大丈夫なんだろうか? 色々な意味で。


 しかし、数分後。


「……寝る」


 帆希はコントローラーを静かに床に置き、不機嫌な声でそう告げると、そのまま横になってしまった。


 二人の格闘ゲームの対戦結果は、凛々のパーフェクト勝ちだった。

 僕も帆希との対戦はほとんど勝ちだったけど、凛々の場合は全くゲージを減らされず、帆希のキャラに微塵も行動を取らせずに完膚無きまでに打ちのめしてしまった。

 それはやる気もなくなるだろう。

 さすがに同情を禁じ得ないよ。

 まあそんな感じでグダグダな歓迎会も終わってしまったみたいなので、僕はお風呂に入ることにした。



 お風呂から出て再びレクリエーションルームにいくと、帆希は相変わらず床に寝転がっていた。

 そしてその上には凛々が馬乗りになっていた。


「ちょ、どうしたの!?」

「私ももう一度お風呂に入りたいからまたボスに案内してもらおうと思ったんだけど、なかなか起きないから……」


 凛々はそういいながら体を揺すっているが、帆希が起きる様子はなく、安らかな寝息を立てている……と思ったら口で「ぐうぐう」って言ってるぞ!?

 そうか、まだふてくされてるのか……。


 凛々もそれに気づいたのか、体を揺するのをやめると、帆希の耳元で囁いた。


「ボスが起きないんなら、ふーちゃんに案内してもらって、一緒にお風呂に入るしかないかも……」


 帆希は突然ガバッと起き上がった。

 その際に凛々と衝突して、二人とも顔を押さえ込んだ。


「な、何を言ってるんだ! そんなこと許されるわけないだろ! 凛々はモラルがなってないからお風呂でしっかりレクチャーしてやる!」

「自分だってまだメイドさんと一緒にお風呂に入ってるくせに」

「なっ、何故そのことを! ……そ、それは先月までの話だ。今はちゃんと一人で入れる! さあ、行くぞ!」


 帆希は凛々の腕をぐいぐい引っ張ると、お風呂場の方に去って行った。やれやれ。

 それから僕は自室に戻ると、明日の準備を整え、しばらくベッドの上で漫画を読んでから眠りについた。



「ん……」


 なんだか妙に暖かい感じがして目を覚ますと、隣に凛々がいた。


「うひょっ! 凛々、何でここにいるにょ!?」


 僕が驚きのあまりラブリーな声を挙げると、凛々が目を覚ました。


「ん……ふーちゃん、どうしてここに?」


 話を聞くと、夜中にトイレに行って、帰る時に間違えて僕の部屋に来てしまったらしい。

 時計を見ると二時過ぎだ。

 眠い。


 まあこのベッドはかなり大きいし、ちょっと距離を取ればあまり気にならないはずだ。

 寝よう。

 そんなことを寝ぼけた頭で考え、再び意識を手放そうとした瞬間、


「大変だ! 隣で寝てたはずの凛々がいなくなった!」


 帆希がドアを突き破って突入して来た。


 彼女はそのまま僕のところまで駆け寄ると、布団をめくった。


「………………」


 帆希と、布団の中に潜り込んでいた凛々の視線がぶつかる。


「何故凛々がここに……?」


 まずいな……さっきもモラルがどうとか言ってたし、これは相当怒ってるかもしれない。

 早いうちに誤解を解いておこうと思い、口を開きかけると、


「ずるい! 私だって一人で寝るのはさみしいのに!」


 帆希はそう叫ぶと布団の中に闖入して来た。


「何か目が覚めちゃったから、これから朝までここで漫画を読もう!」


 また無茶なことを言い出した。

 僕が対処の仕方を考えていると、突然僕の携帯電話が鳴り出した。

 早速僕がさっきまで読んでいた四コマ漫画を読み始めた帆希を横目に、電話に出る。


「もしもし」

『ああ……お兄ちゃんの声……。聴きたかった……!』

「ひいい!」


 思わず電話を切る。


 するとまたすぐにかかって来た。


『電波が通じてないの? それよりお兄ちゃん、私今どこにいると思う? お兄ちゃんのベッドの上だよ。えへへ、お兄ちゃんの匂い……』


 電波的な電話の主は妹だった。


 妹は中学三年生で、現在の僕と違い実家から学校に通っている。


「……僕の部屋で勝手なことしてないだろうな?」

『うん。余計なことはしてないよ。ただ机に私の名前を彫ったり、壁にお兄ちゃんと私の相合傘書いたり、私の水着写真を飾ったり、パソコンの中の画像を全部私の写真に差し替えたりしただけだよ』

「そうか。ゴールデンウィークになったら帰ろうかと思ってたけどやっぱりやめるよ」

『え? 今すぐ帰って来てくれるの!?』

「………………」


 はあ。

 妹は何も変わっていなかった。

 僕の妹、雨降雪乃は昔からこうだった。

 いや、昔はまだましだったか。

 小学生の頃からベタベタしてくるとは思っていたが、最近になって僕を見る目が変わってきた。


 部屋にいても、外に出かけても、お風呂に入っていても、寝る時も、四六時中そばについてくる。

 くっついてくる。

 それ以上のことをしようとしてくる。

 正直気が休まる時がない。

 今や創作であっても兄妹でのそういう事に対する規制は厳しくなりつつあるのだ。


 だから僕は逃げ出した。

 親に頼み込んで、家から通えないほど離れた高校でもないのに寮に入れてもらった。

 断られたらバイトをしてでも寮に入るつもりだったけど、親も僕たち兄妹の状況を良く思っていなかったのか、あっさり許可してくれた。


 断っておくと、僕は別に妹のことが嫌いなわけじゃない。

 ただ、僕も自分の時間が欲しいし、このままではお互いのためにならないと思った。

 妹も、見た目は可愛いのに、あれではいつまでも恋人が作れないだろう。

 そしてそれは僕も同じだ。

 僕に恋人はおろか、友達すらもなかなかできないのは妹が一日中くっついていたからに違いない。


 決して僕の性格に問題があるからじゃ、ないよね?


 まあそんなわけで妹から逃げ続けて、電話にも出ないで(一日二十回以上かかってくる)、メールにも返信せず(一日百通以上くる)、実家から寮への宅配便(妹の写真がプリントされた抱き枕など)も何とか処分し、今日までやってきたわけだけど、寝ぼけていたのかつい誰からの電話なのかも確認せずに出てしまった。

 っていうか、これだけ電話やメールを無視し続けているのに普通に会話をしてくる妹が怖いんですけど!


 ともあれもう深夜だし、早いところ電話を切りたい。


「あのさ、僕今寝てたんだけど……」

『うん。だからかけたんだよ。もしかしたら寝ぼけて電話とってくれるかもしれないから』

「………………」


 まんまと妹の策にかかった僕だった。


「そうかい。じゃあもう寝るから切るよ」


 恥ずかしさから、わざと不機嫌な声を作ってそう言って半ば強引に通話を終わらせようとすると、


「何言ってるんだ蕗乃? 今夜は寝かせないぞ」


 本棚からさっき読んでいた漫画の新しい巻を持ってきた帆希が僕の言葉に反応した。


「今話してるの、ふーちゃんの妹さん? ……私も挨拶した方がいいのかな?」


 凛々も声をかけてくる。

 ま、まずい、このままでは……、


『……ねえ、女の声がしたんだけど……。今寝てたんだよね? 何で隣に女がいるの?』

「ふええ……」


 僕は思わず携帯を落としてしまった。

 や、やばい! 何とか誤解を解かねば!


 とりあえず何か言い訳をしようと携帯を拾うと、すでに通話は途切れていた。

 ふう……何かもうクタクタだ。早く寝よう。



 拾う直前に、


『私がそばにいないばかりに悪い虫が……』


 とか、


『私のお兄ちゃんを奪う奴は許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……』


 とか聞こえたような気もするけど、気のせいだと思いたい。

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