5 動物王国


 月曜日。

 授業が終わると僕は凛々の教室に向かった。

 凛々は一人で帰るとまた迷子になってしまうかもしれないので、必ず僕か帆希と一緒に帰る事に決めたのだった。


「おーい、凛々ー!」


 凛々の待つ7組の扉を豪快に開けると、まだホームルーム中で、僕はこっぴどく怒られた。

 数分後、ホームルームが終わり、僕が教室に乱入すると、凛々は机に突っ伏して寝ていた。


「凛々、もう帰る時間だよ」


 僕が声をかけると彼女は起き上がり、廊下に向かう僕のあとをフラフラとついてきた。


 それから僕は帆希のいる1組に向かった。

 僕は2組で凛々は7組なので、本当は帆希を先に迎えに行った方が早いけど、もし凛々が先に僕たちを探しに廊下に出てしまったら迷子になる可能性があるので、凛々を優先して迎えに行ったのだった。

 まあ流石にそんなにひどくはないと思うけど念のためだ。


 ちなみに、凛々が迷子になりやすい事は7組の周辺では有名な話で、廊下をうろついている彼女を見つけたらとりあえず教室まで案内する手筈になっているらしい。

 凛々がついてきている事を確認しつつ1組まで移動すると、帆希がバケツを持って廊下に立たされていたので、僕たちは二人で帰る事にした。

 後日聞いた話によると、このときバケツを持っていたのは先生に命じられたからではなく、雰囲気を出すために自分で掃除用具入れから出してきたらしい。

 相変わらずよくわからないことを……。


 食堂の奥の立ち入り禁止の扉の鍵を開けて、長い廊下を歩く。

 やがて旧校舎の地下のお風呂の前にたどり着く。

 そこから螺旋階段を登ろうとすると、突然凛々に制服の裾をつかまれた。


「どうしたの?」

「……教室に鞄忘れた」

「…………」


 7組に戻り、今度こそ忘れ物がないことを確認してからまた旧校舎に向かおうとすると、帆希が追いついて来た。


「全く、読書感想文でギャルゲーの感想を書いて提出しただけでひどい目にあった……」


 帆希の言葉を聞かなかった事にして、再び旧校舎の地下に舞い戻り、螺旋階段を上って中庭に出た。

 そこから階段を上がって5階に向かう。


 エレベーターもあるけど、学校内に住み着いていると運動量が減りがちなので、あえて階段を使っている。

 ようやく自分の部屋の前に到着すると、右隣の教室の扉の前にダンボール箱が大量に並べられていた。


 僕はそのダンボールを見て、昨日凛々と出会った時、彼女はダンボールの中に入っていたなあという事を思い出した。

 そこから芋づる式に濡れて肌が透けた彼女の姿や下着を回想し、思わず「クックックッ……」と怪しい笑みを浮かべた。

 凛々に頬を思いっきりつねられた。


「これは凛々の荷物だな。昨日のうちにメイドさんに頼んで、女子寮から私物を運んでくれるように言っておいたんだ」


 帆希はその教室の扉を開けた。

 すると、昨日まで空っぽだったその部屋は、帆希や僕の部屋と同じように、机やソファー、カーペットやフカフカのベッドなどが完備されていた。


「……おおー」


 凛々は口をぽかーんと開けて感動しているようだ。


 それにしても。

 僕は廊下に所狭しと並べられたダンボールを見渡した。


「私物ってこんなにあるの?」


 僕の荷物も男子寮からダンボールで送られて来たけど、ゲーム機やパソコンなどは寮で禁止されていたし、まだ一人暮らしを始めて数日しか経っていなかったので、服や本など3箱しかなかった。

 一体あの中には何が……?


 とにかくこれだけの荷物があったら整理するのにかなり時間がかかりそうだ。


「その中身運ぶの手伝うよ」


 僕の申し出に、凛々はこくりと頷いた。

 後ろでは帆希が「私も! 私も!」とぴょんぴょん飛び跳ねていた。


「うおお……」


 結論からいうと、箱の中身は九割型ぬいぐるみだった。

 犬や猫、ゾウやキリンやトラやライオンなど、本物だったら動物園が開けるぐらい生物多様性に満ち溢れた動物のぬいぐるみがダンボールの中に詰め込まれていた。

 それによってベッドやソファー、その周辺はどんどん埋め尽くされていった。


 よく寮の狭い部屋にこんなに置くスペースあったなあ……。

 しかも、


「そんな近くにライオンを置いたらウサギが食べられちゃう……」


 などと言って置く場所にもこだわっているので結局結構時間がかかってしまった。



 2時間後。


「ふう……」


 僕達は動物王国と化した凛々の部屋を眺めて妙な充足感を噛みしめていた。

 帆希がコーラを持ってきてくれたので、それをみんなで分け合って飲む。

 そろそろ食事の準備しないとなあ、などと考えていると、凛々が立ち上がり、


「この広さならまだまだ置ける……」


 更なる領土拡大を宣言した。

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