6 勉強会


 学校から帰ったあと、僕達はレクリエーションルームに集合して遊んでいた。

 帆希は据え置き型のゲーム機でアクションRPGをしていて、僕はそれを横から眺めながら時々アドバイスしたりしていた。


「な〜蕗乃、ここは……」

「これは多分……」


 そんな感じで話していると、ふと視線を感じる。


 左斜め後方をみると、凛々が床に寝転がって小説を手に持ちながらこちらを見ている。

 僕と目が合うと彼女はそっぽを向いてしまった。

 そんな事が数回繰り返されていた。

 話に入りたいのかな? と思い声をかけようか迷っていると、その様子に気づいたのか帆希はコントローラーを置き、


「り〜り〜、何読んでるんだよ〜」


 凛々に飛びついて体をくすぐり始めた。


「ふ〜! う〜!」


 凛々は唸りながら抵抗して、取っ組み合いになった。

 あまりスカート姿でそんな事すると目のやり場に困るから、僕が携帯のカメラ機能を起動する前にやめて下さい。


 二人がしばらくこちょこちょがぶがぶやっていると、帆希の足が凛々の鞄に当たってしまい、口の空いた鞄からプリントなどがこぼれ落ちてしまった。


「ああ、ごめんごめん」


 帆希は頭を掻きながら教科書やプリントをかき集めると、一枚の紙切れに目を留めた。


「こ、これは数学の小テスト……!」


 帆希は震える声でそう呟きながら忌々しげにそのプリントを睨みつけた。

 僕も横から覗き込む。これはうちのクラスでも昨日やったな。


「これでわからない問題があったんだ。すっかり忘れてた」


 そう言うと帆希は廊下に出て行き、同じ小テストを持って帰ってきた。

 よし、たまには僕のかっこいい姿を見せ付けてやろう。


「わからないところは何でも僕に聞いてよ!」

「おお! じゃあこれを教えてくれ」


 帆希が最後の問題を指差す。

 それを見た瞬間、僕の全身から汗が噴き出した。


 なんだこれは!?

 何語で書かれてるんだ?

 せめて3択にしてくれよ!

 ん? ちょっとまてよ?


「帆希、この紙切れの上に書いてある9って言う数字は……」

「ん? もちろん点数だけど……」


 このテストは10点満点だ。

 凛々のプリントをもう一度のぞくと、右上には10という数字と、花丸が記入されていた。


「……ちなみに蕗乃の点数は?」

「2点!」


 その場の空気が凍りつくのを感じる。


「……さっきは何で自信満々だったの?」


 凛々に冷静に突っ込まれてしまった……。


 帆希もしばらく呆れた顔をしていたが、凛々と顔を見合わせ頷きあうと、僕の目を見て、


「わからないところがあるなら、私達に聞いて良いんだぞ?」

「……お願いします」


 そういうことになった。



 僕たちは2階に下りると図書室に向かった。

 別にレクリエーションルームで勉強しても良いけど、やっぱり図書室の方が集中できそうだし、せっかく校舎に住み着いてるんだから有効活用しないと。


 扉を開け、中に入るとそこにはたくさんの机や本棚が、旧校舎が使われていた当時とおそらく変わらない状態で並べられていた。

 レクリエーションルームにも本棚がいくつかあるけど、そこにあるのはマンガやラノベがほとんどだ。

 たまにはここに来て小説や科学関係の本を読むのも良いかもしれない。


 とはいえ、今の目的は勉強をすることだ。

 入学していきなり落伍しつつある僕を引き上げようとしてくれている二人に何とか応えねば。

 しかし。


「ぎゃーっ! 漫画の三国志が全巻揃ってる! あっ、こっちの中世の武器の図鑑とかも面白そう!」


 帆希は早々に戦線離脱した。


 ノートに落書きをしながら、本に囲まれてはしゃいでいる彼女を眺めていると、


「で、どこがわからないの?」


 凛々に袖をつかまれた。


「えーと、基本的に全部……」

「……じゃあまずは中学でやったことの復習から」


 凛々は本棚から中学生向けの参考書を探し出し、机の上に広げた。


 それからしばらく、僕は凛々の説明を聞いていた。

 凛々の、涼しいようで暖かい声が、3人しかいない図書室に静かに響いた。

 いつの間にか雨が窓ガラスを濡らしていた。


「……もう8時」


 僕がようやく小テストを半分くらい理解した頃、凛々がつぶやいた。

 うおっ、もうそんな時間か。

 急いで夕食の準備しないと。

 僕は凛々にお礼を言うと、古代中国に意識を飛ばしている帆希を置いて、階段を転がり落ちながらスーパーに向かった。



 夕食を食べてお風呂に入り、ひとしきりくつろいだあと、部屋に戻って明日の準備をしていると、突然帆希が扉を開けて入ってきた。


「な〜な〜蕗乃〜、もう小テスト全部わかっちゃったのか〜?」


 何故か申し訳なさそうな声色でそう聞いてきた。


「いや、まだ半分ちょいってとこだけど……」


 中学の復習に思いのほか時間がかかっちゃったからな。


「じゃあ残りは私が教える! 今すぐ教える!」

「? ……うん、お願いするよ」


 それから帆希は黒板に数式や図を書きながら説明してくれた。

 小テストは後半になるほど難易度が上がっていき、説明にかかる時間も増えていった。

 それでも中学の頃の復習は既に凛々と済ませてあったので、合計30分ほどで全ての問題を自力で解けるようになった。


「ありがとう帆希。二人には何かお礼しないとな」

「いいって! それより明日は何か小テストないのか?」

「あっ、そうだ、明日物理の小テストあるんだった! 全然勉強してないや」

「しょうがないな〜、私も明日小テストあるから復習もかねて説明しよう!」


 帆希は楽しそうにチョークを握りなおした。


 結局彼女の講義は深夜まで続き、次の日の小テストは二人とも居眠りをして0点だった。

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