9 全裸少年
「はあ、はあ、今回はこの辺にしておくか……」
夜中に始まった撮影会は、あたりがすっかり明るくなる頃に終わりを迎えた。
今いる体育館の時計を見るともう5時過ぎだ。
「どうする? これから一眠りする?」
「いや、どうせ今日は土曜だから午前で授業は終わりだ。このまま起きて、帰ってから皆で思いっきり寝よう」
確かに、これから中途半端に寝たら逆につらそうだ。
「それに、まだお風呂にも入ってないだろ? これから皆で入ろう!」
そういって王様のコスプレをした帆希は僕たちの手を引っ張った。
早速痴女のコスプレ(裸トレンチコート)を脱ごうとしている雪乃と、手に持っている杖で彼女に突っ込みを入れる魔法少女の格好をした凛々を横目で見る。
僕も徹夜明けのテンションで危うく今着ているピエロのコスチュームを脱ぎ捨てるところだったけど、何とか耐えて女子の後に入ることにする。
自分の部屋でうとうとしながら待っていると、30分ほどで湯上りの少女3人組が僕を呼びに来た。
半分寝ていた僕は慌ててバスタオルを持ってお風呂に向かった。
カゴにバスタオルと脱いだコスチュームを入れ、ぬるめのシャワーを浴びていると、外から帆希の声がした。
「おーい、コスプレはクリーニングに出すから持ってくぞー」
「あ、うん」
その時は特に気にせずに返事をして、ぼんやり考え事をしながら体を洗い、烏の行水程度に湯船につかり、外に出る。
そこでとんでもない事に気付いた。
「そ、そうだ、着替えの制服持ってき忘れた!」
まずいな、ここから部屋まで着ていくものがないぞ。
まあちょっと恥ずかしいけど、バスタオルを巻いていくか……。そう思い、カゴの中を見ると、
「な、ない……」
帆希が間違えて服と一緒に下着やバスタオルまで持って行っちゃったんだ。
つまり、身を隠すものが一切ない。
ど、どうしよう。
全裸で立ち尽くす僕。
このまま待っていれば誰か来てくれるだろう。
帆希や凛々なら、事情を話せばちゃんと上から制服を持ってきてくれて事なきを得るはずだ。
でももし雪乃が来たら……「助けて欲しいの? しょうがないな〜、私がバスタオルになって、恥ずかしいところは全部手で隠してあ・げ・る♪」などと言ってくるに違いない。
ぶるぶる。
時計を見ると6時半近くだ。
雪乃は7時前には学校に行かないといけないので、もうそろそろ朝食を作ってやらねばならない。
朝食といってもトースト程度なので、雪乃でも作れるだろうけど、僕が当番になってる以上、僕の事を待とうとするだろう。
まあ遅刻しそうになっても、またヘリコプターに乗せてもらうという手はあるけど、メイドさんの仕事を増やしたくないし、高いところが苦手な妹に何度も空路をとらせたくはない。
あんな変態でも大切な妹なんだ……。
僕は覚悟を決めると、全裸のまま廊下に出た……。
慎重に螺旋階段を上がる。
大丈夫だ。まださっき帆希と会話してから15分程度しか経ってない。
痺れを切らせて僕を探しに来るような状況ではないだろう。おそらく各自部屋で待機してるはずだ。
しかし一応注意をしておくに越したことはない。
幸いなことに、旧校舎には階段が2つあって、よく使う階段とほとんど使わない階段に分かれている。
入り口から見て一番奥にある階段は使用頻度が低い。
ここを通っていこう。
エレベーターを使うという手もあるけど、これはもしエレベーターが到着した際に偶然帆希たちが前を歩いていた場合、逃げ場がないというリスクがある。
階段だったら、足音が聞こえたら近くの男子トイレに逃げ込むという手が使えるからね。
そんな感じで割とあっさりと5階まで着いた。
途中何もなかったというのに、緊張で汗だくだ。
さあ、ここが正念場だ。
ここから自分の部屋に戻るためには数個の空き教室と、雪乃の部屋と、凛々の部屋の前を通らなくてはならない。
徒歩で20秒程度のこの距離が無限にも感じられるぜ。
もし途中で誰かが廊下に出たら、僕はとんだ恥をさらしてしまうことになる。
それに相手だってショックを受けるだろう。
何か絶対に見つからない手はないだろうか?
そうだ、ちょっと下の階に下りて大声を出すというのはどうだろう。
僕が下の階で歌い、その愉快な音色につられて3人が下りてきたと同時にダッシュで反対側の階段から部屋に戻るという作戦だ。
ハーメルンの笛吹き作戦とでも呼ぼうか。
いや、しかしどう考えてもリスクの方が大きいだろう。
ええい、もうどうすれば良いのかは分かっている。
ここから全力で走るんだ。
そうすれば廊下にいる時間は10秒程度。途中で3人が出てくる可能性はほとんどないはず。
よし、行け。
今こそ勇気を示すときだ。
僕は思い切り駆け出した。
「うっひょおおおおおおおおおお!」
しまった、勢いあまって雄たけびを上げてしまった。
だが一度自室に戻ってしまえばこっちのもんだ。扉まであと3、2、1、
「おおおおっ! 勝ったあああああああああああ!」
誰に? そんなことはどうでも良かった。
僕はかつてない興奮に包まれながら扉を開け……
「蕗乃、湯上り記念!」
パシャリ、という音が聞こえた。
僕の部屋の中には、帆希、凛々、雪乃の3人が揃っていた。
「………………」
僕のベッドの上に座っていた帆希は、持っていたデジカメを膝の上に落として呆然としている。
ソファーで本を読んでいた凛々は真っ赤な顔で口をパクパクさせている。
僕の枕に顔をうずめていた雪乃は目を輝かせている。
「わっ、わわっ」
帆希が正気に戻った。
「そそそ、その、悪気はなかったんだ! まさか裸で戻ってくるとは思わなくて! すぐ消すから!」
「帆希さん! 私に渡してください! 責任を持って消しておきますからっ! はあはあ」
「……ふーちゃん……えっち……」
それから、帆希がバスタオルを持っていってしまったことに気付き、あまりにも申し訳なさそうにしているので、僕は平気な振りをすることにした。
その後、この時の写真がどうなったのか語られることはなかった。
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