16 姉妹?


 前々回のあらすじ。

 主に男子寮関係者に畏怖の対象としてみられている寮監(通称ガーディアン)が付けていた剣道の面を剥がしたら美少女が出てきた。



 なぜいきなり前回ではなく前々回のあらすじを思い出したかというと、特に意味はなく、たまたま昼休みにぼんやりとそのことを考えながら、たまには屋上にでも行ってみようかと階段を上っていた。

 それがよくなかった。


「ひゃっ!」


 上の方から女子の声がしたと思って顔を上げると、眼鏡をかけた女の子が正に階段から足を滑らせて僕の胸に飛び込んでくるところだった。

 前々回のあらすじなんかを回想していた僕は反応が遅れ、受け止めるのに失敗して、彼女と一緒に倒れ込んでしまった。


「いたた……」


 何とか後頭部と床の衝突は防いで、尻餅をつくだけで済んだ。

 僕の胸の上にいる女子も特に怪我はしていないようだ。


「ふう……」


 体が痛むので座ったまま女子を抱き起こし、顔を覗き込む。

 反応がなかったから心配したけど、気を失っているわけではなかったみたいだ。

 何故か顔を真っ赤にして、目を潤ませている。

 ん? 何か違和感があると思ったら、転落した拍子にさっきまでかけていた眼鏡を落としたみたいで、裸眼だった。

 だけどそれだけじゃないような……。

 女子を抱えたまましばし沈思黙考する。


「あ……、まさか、ガーディアン!?」


 そうだ。眼鏡が外れて気づいたけど、この前みたガーディアンの素顔にそっくりだ。


 というかガーディアンだった。


「ここの生徒だったの!?」


 寮監の正体が美少女だっただけでもショックなのに、うちの生徒だったなんて。

 リボンの色からすると2年生らしい。

 今は怯えている様子だけど、正気を取り戻したらまたバトル展開になるかもしれない。

 ここは今のうちに彼女を放り出して逃げたほうが良いかもしれない……などと考えていると、


「あら、蕗乃さん、奇遇ですね」


 後ろから突然聞き覚えのある涼やかな声音が届いた。

 振り返るとそこにはガーディアンと同じ2年生のリボンをつけた、どこかで見たような少女がいた。


 というかメイドさんだった。


「あなたもここの生徒だったんですか!?」


 大人びた雰囲気を身にまとっているから絶対二十歳は過ぎていると思ってたのに……。

 などと思っていると、それを察したのか、


「まだピチピチの17歳です」


 とにっこりと微笑んだ。


 それからメイドさんはタブレット型のコンピューターを鞄から取り出し、それを僕の方に向けて何やら操作し始めた。


「あれ、何してるんですか?」

「いえ、ちょっと業務連絡を……」


 メイドさんが画面を僕に見えるように向けてくれたのでのぞき込むと、雪乃の笑顔が映っていた。

 どうやらビデオ通話をしているらしい。


「お兄ちゃん、ずいぶん楽しそうなことしてるね。私も混ぜて欲しいな」


 そこで僕は自分の状況を確認した。

 階段から落ちたガーディアンを支えたままの状態だったので、彼女とかたく抱き合ったままだ。

 彼女はさっきまでは上気した顔で僕のことを見つめていたけど、今は視線を下の方に向けてもじもじしている。

 僕も彼女につられて下を見ると、ああ、何ということだろう。

 僕の手は彼女の胸のあたりにセッティングされていた。


「お兄ちゃんは見ず知らずの子にもそういうことができる人だったんだね。じゃあ可愛い妹にはそれ以上のことをしてくれるはずだよね。今夜が楽しみだなあ」

「待て、その理屈はおかし……」


 僕が抗議する前に相手から一方的に通信を切られた。


 僕が今夜は雪乃に見つからないようにどこかに野宿しようか検討していると、メイドさんはタブレットを鞄にしまい、こっちに近づいてきた。

 メイドさんは僕の腕の中のガーディアンを抱き起こすと、頬をぺちぺちと叩いた。


「ほら、いつまで蕗乃さんに抱きついてるの」


「え……、あ、姉さん……」


 ガーディアンはようやく正気になり、メイドさんに手を引かれる形で立ちあがった。

 ん、今ガーディアン何て言った?


「では蕗乃さん、私たちはこれで……」


 そう言うと二人は足早に去っていった。


 短い時間に色々なことがあって呆然としていると、


「あ、蕗乃! こんなところで何で寝てんだ?」


 帆希と凛々がやってきた。


 帆希と凛々はこっちでも一緒に行動することが多いみたいだけど、僕と彼女たちはあまり新校舎で会うことはない。

 僕たちが旧校舎で生活しているという事が他の人にばれると色々やっかいな事になりそうなので、あまり人前で旧校舎のメンバー同士で絡まないようにしようという事になったのだった。

 元々そのことを提案したのは僕だけど、素直すぎる凛々は、廊下ですれ違う時も僕を無視して、目も合わせないようにしてくるので少し泣きそうになる。

 今も僕から目をそらしてわざとらしく口笛吹いてるし。


 僕は心が折れそうになりながらも、さっきの出来事を帆希たちに告げた。


「メイドさんがここの生徒だったなんてびっくりだよ。そういう事はもっと前に言ってくれよ」


 すると帆希は苦笑しながら、


「メイドさんはもうここの生徒じゃないぞ。とっくに卒業したんだけど、今でもふざけてたまに昔の制服着てうろついてるんだ……」

「え、じゃあさっきは17歳って言ってたけど本当は……」


「17歳です」


 突然背後から刃物のような鋭いささやきが聞こえた。


「で、でも」

「17歳です」

「……はい」


 僕はメイドさんの声に背筋が凍って振り向くこともできなかった。


 しばらくして、ようやく硬直状態から復活した頃には、メイドさんは再びどこかに消えていた。

 その間ぽかーんと口を開けて僕とメイドさんの方を見ていた帆希たちだったけど、そこで昼休み終了のチャイムが鳴ってそれぞれの教室に去っていった。


 メイドさんの妹について聞いておきたかったんだけどなあ。

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