17 雨の日
「今日も雨か……」
レクリエーションルームとして使っている旧校舎5階の1室で、帆希が窓の外をぼんやり眺めながらつぶやいた。
今日は日曜日で、僕たちは平日より少し遅い朝食をとった後、ここでゲームをしているのだった。
「梅雨だねえ」
僕は昔から雨が好きだった。
空から水が降ってくるという現象には未だにわくわくするものがある。
とはいえ、ただでさえあんまり外出をしない生活を送っているのに、こう雨が多いとより不健康な暮らしをすることになりそうだ。
確か先週の日曜も雨で外に出なかったし。
でも僕の雨が好きという意見には帆希たちも共感してくれたようで、
「私も雨は結構好きだぞ。長靴で水たまりをバシャバシャしたり、傘を振り回して裏返しにしたりするのが楽しいからな!」
迷惑だなあ。
「私も雨は好きだよ。お兄ちゃんと相合い傘で密着できるし」
お前去年までまだ同じ中学に通ってた頃、雨の日に毎回傘忘れてたのはそういう理由だったのか。
「私も、雨はなかなか良いと思う」
凛々もか。雨、人気だな。
僕が雨の人気に嫉妬してその場でどたどたと地団駄を踏むと、「蕗乃、うるさい」と言われた。
「こっちのふーちゃんも喜んでる」
凛々は足の間に抱えている、大きなカタツムリのぬいぐるみを撫でた。
「おおー! ぬいぐるみに蕗乃と同じ名前を付けてるのかー! もしかして私と同じ名前のぬいぐるみもあるのか!?」
帆希が嬉々として凛々に迫った。
「……ある」
「おお! 見せて! 見せて!」
凛々は黙って部屋を出て、階段を下に降りていった。僕たちもあわててついていく。
そして4階の一番端の教室の前。
「この中」
「どれどれー? ギャー! こ、これはデボン紀に活躍した魚、ディニクティス! 怖い!」
教室に入って目に飛び込んできたのは、全長5メートル以上ある魚のぬいぐるみだった。
凛々の部屋がぬいぐるみの置き過ぎで手狭になって以来、ほかの部屋も自由にぬいぐるみを飾っても良いことになっていたけど、まさかこんなものまで飾っていたとは。
っていうかどこに売ってるんだ。
「うわーん!」
帆希はあまりの迫力にへたりこんで泣いてしまった。
「ちなみに私のぬいぐるみはないんですか?」
レクリエーションルームに戻ってから雪乃が訊ねた。
「ある」
凛々はわずかに顔を縦に動かした。
「あれ」
彼女は部屋の入り口付近においてあるウサギのぬいぐるみを指さした。
「ううっ、何で蕗乃と妹ちゃんだけかわいいぬいぐるみなんだよぅ……。まあでもかわいい妹ちゃんにぴったりだな」
「ははーん、雪乃だから、雪ウサギにかけたんですね?」
二人がそれぞれ所感を述べると、凛々が少し困ったように僕を見た。
うんうん。僕は一瞬で悟ったよ。
本当は「年中発情期」という意味が込められていることを。
それからしばらくはまたゲームをやって、そろそろ昼食にしようかという事になって、みんなで1階の食堂に向かった。
朝食とお弁当、夕食はちゃんとみんなで作っているけど、休日のお昼なんかは即席の物が多い。
今日はレトルトカレーだ。
それを全員分まとめてお湯で暖めて、ご飯の上にかけて、食堂の奥の方のテーブルに持っていく。
今では少し慣れたけど、広い食堂に4人だけというのは結構寂しかったもんだ。
特に今日みたいな雨の日は。
辛口のカレーを食べていると、帆希が口を開いた。
「ところでみんな、夏休みはどうする?」
それは6月も中旬を過ぎた今、僕としても気になっていた話題だった。
「とりあえず僕は何日か実家に帰ろうと思ってるけど……」
話によると、妹は僕が高校に入学して男子寮に行ってから、僕の部屋で寝起きしていたらしく、その間に内装を魔改造されてしまったようなので、あんまり帰りたくないんだけど、たまには親と話さないとね。
「そうか……。私もたまには帰ろうかな」
「その方がいいよ絶対」
僕はこの前ガーディアンとの戦いの際に会った校長先生、つまり帆希の父親のことを思い出した。
そういえばあの時、こっそり旧校舎まで会いに行きたいとか言ってた気がする。
僕と一緒に生活していることがバレたら本当にドーベルマンをけしかけられそうだ……。
「そうだな。まあ何日か帰るか。凛々は?」
「私もふーちゃんが帰る時は帰ろうかな……。ふーちゃんがいないとつまらないし」
「凛々……、ちゃんと道に迷わないで家に帰れる?」
「無理」
さすがに最近はあまり知らない道を通らないように言ってあるし、迷子になる回数も減少傾向にはあるんだけど、彼女は道を覚えるのが極端に苦手なんだった。
「たぶん絶対に迷う」
「……じゃあ、地図を見せてくれたら家まで案内してもいいけど」
「そうしてくれると嬉しい。両親にふーちゃんを紹介したいし」
「えっ」
家の中までついて行くの?
僕が戸惑っていると、後ろから雪乃が剣呑な雰囲気を漂わせてきた。
「凛々さん……、それは深い意味はないですよね……?」
「もちろん。これを機に家に泊まってもらって一気に近づこうなんて思ってない」
凛々と雪乃が無言で火花を散らしている。
何なんだ。
「お兄ちゃん、私も凛々さんの家までついていってもいいかな?」
「別に良いんじゃないかな」
僕は即答した。
雪乃の笑顔が怖い。
こういう時の妹には逆らわない方がいいと過去の経験が警告している。
「ちっ」
「ちょっと凛々、今舌打ちしなかった!?」
「気のせい」
それなら良いんだけど……。
「じゃあみんな実家に何日か帰るんで良いな? 詳しい日程は後で決めるとして、まずは色々とやる事を決めちゃおう」
帆希は雪乃と凛々の険悪な様子を見ても相変わらずマイペースだ。
それにしても。こうやってみんなで予定を決めるのって今まであまりなかったな。
ワクワクしてきた。
「マンガとかだと、プールや花火が定番だよね」
「なるほど。確かにそうだな」
「それと夏祭りとか」
「ふむふむ!」
帆希が身を乗り出してきた。
凛々も興味深そうに僕の顔を覗き込んでいる。
よし、ここは一気に畳み掛けよう。
「あとは……、宿題とか……」
「あ〜……」
一気にみんなのテンションが下がった。
凛々は失望した顔でやれやれと首を振り、帆希はテーブルに突っ伏してすすり泣きしている。
そこまでひどい事言ったかな?
「やっぱりたくさん出るんだろうな……」
帆希は成績はトップクラスだけど、特に勉強が好きなわけでもないようで、ひたすら暗い顔をしている。
何とか流れをまた明るい方向に持っていかないと。
ちなみに妹は、
「夏休み……。海……。遭難……。無人島……。二人きり……。一夜の過ち……」
などとぶつぶつ独り言を言って夢の世界にトリップしているので、そっとしておいてあげるのが兄の優しさだ。
凛々はとっくにカレーライスを食べ終わり、物足りなそうに空のお皿を眺めていたけど、ぼそっと、
「動物園に行きたい……」
なるほど、動物園は別に夏の定番ではないけど、こういう機会に行っておくのも良いかもしれない。
動物たちがぐったりしていないか心配だけど。
「よーし、とりあえずこの位でいいだろう。忘れないようにあとでメモっておこう」
全員昼食を食べ終えて、食器を洗い、レクリエーションルームに戻ると、帆希は黒板の下のチョークを取り出した。
ここに夏の予定を書いておくんだな。
そして数分後。
「ふう、こんなもんだろう」
朗らかに汗を拭う仕草をする帆希。
黒板に羅列された文字列を見て僕は目をむいた。
・旧校舎のプールで水泳
・校庭で花火
・4人で楽器を練習して、体育館でロックフェスティバル(観客:メイドさん)
・校舎の裏の林で昆虫採集&バードウォッチング
・旧校舎の図書室で宿題
……校舎から出ないつもりなの?
何だかとても残念な夏休みになりそうな予感がする僕だった。
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