24 校長先生
8月も中旬になった。
例年だと、今頃は夏休みの宿題の事が頭に浮かんでは沈み、そのモヤモヤをゲームをだらだらやる事で何とかうち消す日々なんだけど……。
「宿題終わっちゃったし、次は何やろうか?」
今年は凛々が1日6時間勉強なんていう無茶なプロジェクトを打ち立てたせいでもう終わってしまった。
本当はもっと早く終える予定だったけど、妹の宿題を手伝ったり、僕がわからないところを教えてもらったりしている内に結構時間が過ぎてしまった。
まあそれでも異例の早さで宿題が終わったので、勉強の時間は少し減らしてもらうことにした。
それにしても、何で凛々は一年のうちからこんなに勉強してるんだろう。
「ふーちゃんと一緒の大学に通う。ふーちゃんには偏差値70以上になってもらわないと困る」
僕の人生が勝手に設計されてる!?
一体僕をどこの大学に通わせるつもりなんだろう。
このままではエリート街道を突き進んでしまう!
「ダメだよ。お兄ちゃんにはどんどん堕落してもらって、私無しでは生きれないようになってもらうんだから」
お前はお前で何という計画を立ててるんだ雪乃。
ふええ……、板挟みだよ。
孤独な自由を謳歌していた4月の僕はどこへ……。
まあ、今更あの頃に戻りたいとは思わないけどね。
そんな感じで、僕たちがいつも勉強をするときに使っている旧校舎の図書室を出ると、メイドさんが立っていた。
「皆さん、少し話が……」
メイドさんに促されて、僕たちはレクリエーションルームに集まった。
彼女は普段はここの管理の仕事をしていて、用事がないときにはあまり姿を見せない。
その割には最近毎回のように見かける気がするけど。
今回はいったいどうしたんだろう。
「こちらをご覧ください」
彼女は小脇に抱えていたノートパソコンを床に置いて操作した。
すると画面がまばゆい黄金の光を放った。
「すみません、少しアップしすぎましたね」
メイドさんがカタカタとキーボードを叩くと、光が徐々におさまった。
やがて画面には一人の恰幅のいいおじさんが現れた。
さっきの光はこの人のスキンヘッドが大きく映し出されたもののようだ。
この何処かで見覚えのあるおじさんは……。
「校長先生。帆希お嬢様のお父様です」
やっぱり。
以前ガーディアンと壮絶な鬼ごっこを繰り広げた時に会った人だ。
その校長先生は動画内でコソコソと校舎の中を歩いている。
「で、何で帆希のお父さんのムービーなんてあるの? 踊ってみた動画でも撮ったの?」
「いえ、これは監視カメラの現在の映像です。帆希お嬢様のお父様は今まさにここ、旧校舎の1階を訪れています」
「ええっ!?」
急な出来事に僕は驚きの声を上げた。
そういえばこの前、こっそり帆希に会いに行きたいとか言っていたような……。
ついに実行に移しちゃったのか。
「パパ、来てるのか!?」
帆希も驚いている。
知らされてなかったのか。
「ええ。まったく、父親とはいえ、年頃の娘が住む場所に事前に何の予告もなく入り込むなんて……迎撃しますか?」
「うん!」
「ちょっと待って」
いや、『うん!』って……。
僕が突っ込むよりも早くメイドさんはノートパソコンのエンターキーを押した。
すると、画面の中の校長先生に小さなミサイルのような物体が何発も打ち込まれた。
ドンドンドーン!
ホゲーッ!
爆音と悲鳴が校舎に響き渡った。
「わーっ! やり過ぎだよ!」
「安心してください。ただ驚かすためのものですから、音は派手ですけど殺傷力はありません」
メイドさんが指差すパソコン画面を見ると、モクモクとたちこめる白煙の中から無傷の校長先生が現れた。
「げほっ、げほっ! 何だこれは……。ははーん、帆希がワシを歓迎するためにクラッカーを仕込んだんだな!? こっそり侵入して驚かせようと思ったのにばれちゃってたかー」
独り言を言いながら笑う校長。
都合のいい解釈だなあ。
確かに侵入はばれてるけど……。
こういうところはやっぱり帆希に受け継がれてるっぽいな。
「…………」
メイドさんは無言&無表情でまたエンターキーを押した。
ドーン!
ミサイルが打ち込まれる。
校長先生はビクッと体を震わせたものの、やはり無傷だ。
「……………………」
ドーンドーンドーンドーン!
メイドさんはエンターキーを押しっぱなしにしている。
何発ものミサイルがどこからか校長先生のもとに飛んでいく。
しかし彼はもう慣れてしまったようだ。
煙の中を豪快に笑いながら闊歩する。
はたから見ると超人みたいだ。
「1階を突破されてしまいました。まあここはちょっとした小手調べです。私もそろそろ本気を出しましょうか」
「いや、普通に会って話し合おうよ……」
「蕗乃さん、そんな悠長なことを言っていいんですか?」
「え?」
「考えてもみてください。あの子煩悩な父親ですよ。もし男の人と一つ屋根の下で暮らしていることがバレてしまったら……」
「うっ……」
「まあ少なくともここから追い出されることは間違い無いでしょう。学校にもいられるかどうかわかりませんね。そして帆希お嬢様達とも離ればなれ……。あなたは一人ぼっち。しかし妹の雪乃さんだけは健気にあなたの隣にい続けます。やがて二人は禁断の愛を……」
「ひいっ! 最悪だ! よし、何としても校長先生を追い払おう!」
僕は雄叫びをあげるとノートパソコンにかじりついた。
校長先生がここまで登ってこないように一挙手一投足に注意しないと。
ちなみに雪乃は今のメイドさんの言葉を聞いた瞬間、校長先生を部屋に招き入れようとドアを飛び出したけど、凛々にラグビーのようなタックルを受けて捕えられた。
「まあ私もまだ帆希さん達と一緒に生活したいからね。みんなに協力するよ」
そんなことを話している間に校長先生は2階に到達した。
3階への階段は封鎖されていて、廊下をずっと歩いて反対側の階段を登らないといけないようになっている。
『ん、なんか床に矢印が書いてあるシートが置かれてるぞ。一体なんだろう?』
2階の床にはいろいろな方向の矢印がプリントされたシートがズラーッと並べられていた。
校長先生は数秒ほど訝しんだ後、それを踏んで前に進もうとした。
『ふわあっ!』
校長先生の体はベルトコンベアーで運ばれていくような感じに、矢印の通りに動いていった。
「この仕掛け、昔のRPGで見たよ……」
確かそういうゲームだと、ハズレのルートを選んだ場合は……。
『ウワァーッ!』
動く床の先には落とし穴があって、校長先生は1階に真っ逆さまに落ちていった。
落ちた先はトランポリンで、彼はしばらくボヨンボヨンと飛び跳ねた。
「何か楽しそう……」
「そうですか? よかったら蕗乃さんも今度使っていただいて結構ですよ。これは侵入者撃退用のトラップですけど、遊具としても楽しめるように帆希お嬢様と相談して作り上げたものですから」
「そうだったの?」
メイドさんの背後から肩越しにパソコンを覗く帆希に話しかける。
今の体勢は、床に座ってパソコンを操作するメイドさんを中心に、右側に凛々、後ろに帆希、左に僕、そして僕の後ろに雪乃、という感じだ。
雪乃は両腕と両脚を僕の体に絡めてきているので暑い。
「うん。まさかパパ相手に使うとは思わなかったけど」
そのパパはまた2階に上って、矢印の床とにらめっこしている。
『こっちの床に乗ると……ああ、これも落とし穴行きか。あっちは……ああ、向こうに宝箱があるぞ!』
ぶつぶつ独り言を言いながら色々と考えているみたいだ。
ゲームと違って、ジャンプして動く床を飛び越えれば先に進めると思うんだけど、彼は娘がサプライズでトラップを用意したと思い込んでいるようなので、ちゃんと乗ってあげてるみたいだ。
何回か落とし穴に落ちたりしたものの、何とか2階をクリアーして、3階に上る。
「メイドさん、本気出すんじゃなかったの?」
「次、次です!」
そして、ここでも岩を動かしてスイッチを押す、綱を渡る、7つのオーブを集めるなどの試練が彼を襲った。
しかし、それも数時間後には全てクリアーしてしまった。
僕たちはおじさんが汗だくになりながらトラップを乗り越えるスペクタクルに飽きてしまい、途中からは漫画を読んだりお菓子を食べたりしてたけど、さすがに焦ってきた。
「ちょっとメイドさん! もう4階に上って来てるよ! 悲劇の運命が僕に迫ろうとしてるよ!」
僕たちがいる5階まで後少し。
そして、僕たちの安全を考慮して、5階には罠は用意していないみたいだ。
つまり4階が彼を食い止める最後のチャンスだ。
『ふむ、この辺にはもう仕掛けはないみたいだな』
少し残念そうに廊下を歩く校長。
後少しで5階まで到達してしまう。
『ん? これは……』
校長が歩みを止めた。
ある教室のロッカーの前の貼り紙に目を奪われたからだ。
『なになに、帆希ミュージアム? これは入らない手はないな』
彼は何の迷いもなくその教室のドアを開けた。
そこには帆希のアルバムや美術の授業で制作した作品、等身大フィギュアなどが飾られていた。
『むう、ここは極楽浄土かね!? よーし、片っぱしから読むぞー!』
校長はアルバムや文集を一つ一つ精読し始めた。
「なるほど、こうやって長時間先生を足止めする作戦だね?」
「いいえ、甘いですね。この部屋の真の恐ろしさはこれからです」
校長先生は一通り本に目を通すと、フィギュアに近づいた。
「ほほう、これはよく出来とるのう……。ん、側にスイッチがあるぞ。ぽちっ!」
校長が何気なくボタンを押すと、フィギュアの中から帆希の声が響き渡った。
『パパなんか……大っ嫌い!』
『グワァーーーー!』
校長の叫び声がパソコンのスピーカーから流れ、僕たちは思わず耳を塞いだ。
スピーカーだけじゃなくて下の階から肉声も届いたぞ。
「帆希お嬢様の合成音声でお父様がショックを受けるであろうボイスを作成しました」
「何て恐ろしいことを……」
数々のトラップを平然と乗り越えた校長先生が生まれたての子鹿みたいになってるじゃないか……。
『パパの服、私のと一緒に洗濯しないで欲しいんだけど……』
『ギョエー!』
帆希フィギュアからまた言葉が発せられ、それが即死系の呪文のように校長先生に突き刺さった。
『恥ずかしいから外では話しかけないで……』
『ぐふっ!』
しばらくガクガクと膝を震わせていた校長だけど、ついに背中から倒れた。
「ふう、そろそろですね」
メイドさんはすっと立ち上がると、部屋を出て行った。
「どうしたんだろ」
そのままノートパソコンの画面を見続ける。
しばらくは仰向けに倒れたままの校長先生の映像が延々と映し出されてたけど、横からメイドさんが現れた。
足音で校長先生も、人がやって来たことに気づいたようだ。
顔を横に向ける。
『誰かいるのか? わしにはもう何も聞こえぬ。何も見えぬ……』
うめき声をあげる校長。
弱り過ぎだろ。
『明日の帆希お嬢様の誕生日をお祝いしたい気持ちはわかりますが、お嬢様もお年頃です。連絡もなしにいきなりこそこそとやってくるのは如何なものかと。せめてインターホンを鳴らしてくだされば私が案内して差し上げられたのですが……』
『す、すまん……次からは気をつける……』
『はい。では明日またいらしてください。お待ちしております』
『うむ……』
会話が終わると、校長先生はよろよろと立ち上がった。
そこに再び帆希フィギュアの声が響く。
『パパ、私、彼氏できたから』
『ぬわーーっっ!!』
校長は断末魔の声をあげると、再び仰向けに倒れ、ピクリとも動かなくなった。
メイドさんはしばらくそれを無表情で眺めると、カメラに近づき、こっちに語りかけてきた。
『あの、さすがに私一人で彼を担ぎ出すのは難しいので、手伝ってもらえますか?』
その後、僕たちは数人がかりで彼を校門に運び出した。
そう。
さっきメイドさんが言った通り、明日は帆希の誕生日だ。
校長先生はそれを祝うために来たんだろう。
僕たちも、数日前からパーティーの準備を進めている。
当日になって急遽行うことになった僕の誕生会より、かなり豪華なものになると思う。
楽しみだ。
それにしても……。
「結局帆希のお父さん、来ることになったけど、僕の処遇はどうなるんですかね……」
小さく縮こまる僕。
元々僕たちは寮の代わりに旧校舎に置いてもらっている身だ。
出て行けと言われたらそれに従うしかない。
「大丈夫ですよ。凛々さんも雪乃さんもお嬢様の大事なお友達です。あのお父様がそんな方を無下に扱うとは思えません」
「……僕は?」
「………………」
「何か言ってよー!」
「大丈夫です! 秘策があります!」
「なになに!? 何でもするよ!」
「女の子になればいいんです!」
「えっ」
続く。
オマケ
「別に校長先生を撃退しなくても、僕だけどこか別の教室に隠れてればよかったんじゃないの?」
「あの時はすでに校舎中のトラップが作動していましたから。もしあなたが4階に降りていたら、蕗乃さん専用に開発した『ぬるぬる触手地獄 〜屈辱はやがて快楽へ〜』が発動していたところでしたよ」
「僕はそんな物が仕掛けられている魔窟に住んでいたのか……」
家出少女と旧校舎 猫又みゃび太 @myabita
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