エピローグ

「よろしかったのですか、魔王様」


魔王城で最も大きい部屋である魔術神殿の中に、反響して声が響いている。天井には魔王族を象徴する巨狼がカラフルなガラスで彩られ、壁には魔力を増幅させる呪式の幾何学紋様が、びっしりと書き込まれていた。


「良い。これは、あやつが働いた分の正当な報酬じゃ」


そう言いながらドームの中心に立つ魔王は、側近のユルヴェーヌに両手を差し出した。


「え、なんですかそれは」


「抱っこ」


「え」


「抱っこじゃ。力を使い過ぎた、もう少したりとも動けんわ。」


「あ、ああ、はいはい。失礼しました。」


そう言って、ひょいと身体を持ち上げられた魔王のお腹には、ユルヴェーヌの後頭部があてられている。


「おい……これは肩車じゃないか」


「いやだって、この方が疲れないんですよ。それに魔王様小さいですし、ってて!いててて!魔王様やめて、やめて下さーい」


頭をポコポコと太鼓のように叩かれながら、銀髪の侍従は小さな魔王を乗せて神殿を去っていった。誰も居なくなった神殿には、光の粒子がフワリと舞っている。



___




「あらやだ、こんな所で寝てたの?」


そんな声をかけられ目を覚ました。

どうやら私は泣き疲れ、そのまま居間のソファで寝てしまっていたようだった。太陽はすっかり昇り、部屋に明るい日差しを運んでいる。分かってはいたが、やはりは見なかった。


「あ、ああ、少し考え事をしていてね。」


そう言って少し赤くなった目を拭う私に、あらそうコーヒーでも飲む?と聞いた妻は、同時に鳴った玄関のチャイム音に呼ばれ、はーいと居間から出て行った。私が自分のマグカップにコーヒーを注いでいると、玄関から妻が私を呼ぶ声が聞こえたので、そのままマグカップを持ったまま玄関まで出るとそこには


「お父さんただいま〜〜!」


娘が立っていた。


「今日からケンジさん出張なんですって、だから絢子ちゃん連れて遊びに来てくれたのよ〜〜」


「しばらく楽させてねー、はい絢子、お爺ちゃんに挨拶は?」


「おいしゃん、こんいちわ!」


しかも子供を連れて。


ガシャン!


マグカップが私の手から派手に落ち、廊下に破片とコーヒーが広がった。そのまま呆けたように腰を抜かして座り込む私と、キャアと悲鳴をあげる妻と娘と孫娘。頭の中は喜びと驚きの入り混じった感情でごちゃ混ぜになり、一言で言うと、私は混乱の極みに達したのだ。その日からしばらく、突然泣いたり、嬉しくなって笑ったりを繰り返したもんだから、あの時ばかりは、ボケてしまったんじゃないかと心配した、なんて後から娘に言われたが、私にはそんな些細な会話すらも幸せに感じられたのだった。

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遠野課長、魔界へ行く ロッキン神経痛 @rockinsink2

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