第3話 父上の召還術
30年前、先代魔王であり、偉大なる魔界の番人たる父上が亡くなった。
享年678歳、魔王族としてはあまりにも早すぎる死だった。魔王としての器に収まらない強い魔力は、あの大魔王様に匹敵するのではないかと噂される程に強く、そして威厳ある自慢の父上の死。そんな魔界の番人の死を歓喜したのは、あの忌々しい人間達だった。奴らは、その知らせを聞くや否や、この国への侵略戦争を始めたのだ。
それは、恐ろしい軍勢だった。立ち上がる土煙と、呪術と魔術がぶつかり弾ける怪しい光が、震えながら遠い戦場を見つめる私にまで見えた。当然、私にとっては初めての戦場だった。経験不足で魔力も未発達な私を助けようと、歴戦を潜り抜けてきた将軍達が次々と前線へと赴き、そしてあっけなく死んでいった。私は彼らの後姿をただ見送り、戦死の知らせを聞く度に涙を流し、そして、同時に足りない自身の力を嘆き続けることしか出来なかった。
そんな長く苦しい人間達との血みどろの争いに終止符が打たれたのは、つい10年前の事。どうやら、長年の戦によって消耗し切っていたのは人間達も同じだったのだろう。指揮をとっていた王が病死したのをきっかけに、今までの戦いが嘘だったかのようにあっさりと、彼らは撤退していった。
次なる王から届いた手紙には、「互いに民を思いやる、良き君主たれ」等と、恥も知らぬ言葉が綴ってあり、人間にはここまで鼻につく文を書く者がいるのかと逆に感心させられた。しかし、結果がどうあれ悲惨な戦争は終わったのだ。
それから10年。この国は未だ戦後の困窮から脱したと言えない状況下にある。まともな住居はおろか、今日をしのぐ食べ物すら無い哀れな民が城下には溢れ、盗みや殺しが横行し、国土はおろか皆の心までもが荒れ果ててしまっている。
更に、大魔王様からお借りしていたお金、いわゆる中央債の返済期限もすぐそこにまで迫っていた。このまま放っておけば、国そのものが取り潰しになってしまう可能性すら出てくるだろう。亡国の民の行く末は、いずれも悲惨なものと相場は決まっている。自身の土地と籍を失い、行き場を求めて魔界中をさ迷い続ける流浪者を、受け入れる余裕のある国は今の魔界にはない。一日一日を必死に生きている国民達を、これ以上酷い目に合わせたくはなかった。
当然私とて、こんな状況をただ指をくわえて見ていた訳ではない。しかし、いくら魔王とはいえ、国一つ動かすというのは並大抵のことではないのだ。不幸なことに、父上と共に内政を行っていた四天王達が一人残らず人間達に屠られていたので、教えを乞う師もない私は、父上によって残された文献を必死にあさり、残された唯一の側近であるユルヴェーヌと共に、手探りながら必死にこの国を良くする為に今日までひたすらに尽力するしかなかったし、してきた、つもりだった。
何を言ったところで現状は変わらない。私がどれだけ努力をしたと言い訳をしようが、10年間の結果は今こうして、当時と変わらぬ荒廃として目の前に現れてしまっている。苦しむ民達の陳情を聞きながらも、何も解決策を提示できない自身に嫌気がさし、いっそ魔王の玉璽を大魔王様に返上して、国が取り潰しになろうとも、有能な新魔王の誕生に賭けるべきではないだろうか。そんな考えが頭の中をグルグルと回り続けていたある日の事だった。
「魔王様っ、もはやこれしかありません!」
そう言いながら大慌ててで私の元へ駆けるユルヴェーヌ、彼女の手の中にあったのは、ボロボロの父上の手記だった。そこには懐かしい父上の字で、既に失われた禁呪、異世界召還の呪式が記されていたのだ。
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