第15話 開戦

戦いは、あまりにも一方的なものとなった。


そもそも、人間と魔族とでは、比べ物にならない程に力の差があるのだ。いくら人間達が鉄の鎧に身を纏い、剣をふるって稚拙な魔法を操ろうと、一対一で魔族には敵う者はほとんどいない。オークの豪腕から生み出される一撃は、鎧ごと人間を水風船のように破裂させ、ダークエルフ達の呪術は、自ら生きていることをやめたくなるような煉獄の苦痛を与え、死に至らしめる。ゆえにこれまで人間達は、蚊の刺すような儚い攻撃を遠くから昼夜与え続け、スキを見ては数十人が決死の覚悟で我々の陣地へ挑んでくる、という戦術をとるのが普通だった。


そんな魔族達の持つ、人間と比べるべくもない圧倒的な力のおかげで、私のような魔王でも20年もの間人間達を足止めし、終戦へと持ち込むことができたのだ。そんな、臆病な人間に対してどっしり構えて待つ魔族、という構造は、今回も機能し、応援が来るまでの時間稼ぎ程度にはなるはずだった。


しかし、今回の人間の軍は、魔族に臆する事など何一つ無いとでも言うように、大軍勢のまま歩を進めてきたのだ。



ゴォォォォンゴォォォォン



人間と魔族の軍勢がじりじりと睨み合い、戦いの火蓋が切られることだけを待つ戦場に、そんな鐘の音が鳴り響いた。同時に、厚い紫の雲に覆われた魔界の空に、突然丸く青い穴が空いた。皆がそれを驚きと共に見つめる中、その不自然に出来た空の穴から、一直線に光の筋が大地へと伸びる。そして、その光の終点には、前線に立つ一人の女剣士がいた。


黒く美しい髪に、燃えるような双眸を携えた女剣士は、紅色の鞘に収まった剣を自身の前に構え、ゆっくりと引き抜く。鞘に刻まれたラバリスの紋章と、身につけている赤いマントが、その女剣士を、魔族にとって最悪の存在であると私に認識させた。


「引けぇッ!」


咄嗟にそう叫んだが、時すでに遅し。宝珠の美しい光に包まれた聖剣の煌めきと共に、大地には光の柱が立ち、その女剣士、いや、の視界の前方に入っていた魔族達が一瞬で塵と化した。悲鳴をあげる間も無く消えた同胞達の残した粉塵を身に被り、パニックになってしまった魔族達が、あろうことか敵から背を向けて走り出そうとする。


ウォォオオオオオオオ!!


そんな魔族達に、勇者の奇跡を目の当たりにして勢いのついた人間の大軍勢が襲いかかった。冷静になれば、どうということのない人間達を相手に、勇者の存在に怯んでしまった魔族達は次々と討ち取られていく。


何とか私が後方から指揮をとり、前線から大きく離れた丘の上に陣を立て直した時には、既に魔王軍はその3分の1もの兵士を失い、更に残った兵の半分にまで負傷者が出ている始末だった。


「たった1日、たった1日でこれじゃ。わらわの国は、いよいよ終わりかも知れぬな」


そんな弱音を吐く私を、励ましてくれるユルヴェーヌの姿はここにはなかった。彼女は、魔王城でまだやるべきことがあるのだという。いずれにせよ、戦場では王と同じ扱いを受けるといわれる勇者が、初日に最前線へ出てくるとは思いもしなかった。明日になれば、また人間達は勢いを増して攻めてくるだろう。そして、この先には、戦う術を持たない下級魔族達の住む街が広がっている。私は愚劣な人間達から、彼らを守らなくてはならないのだ。


「魔王様、伝令でございます」


幕の外よりそんな声がかかり、暗かった顔が、少し明るくなる。入れ、と短く促すと、緊張した面持ちの伝令係が幕内へと入ると同時に跪き、私に内容を伝えた。


それを聞いて、ほとんど喜びに近かった私の心は、暗雲の中へと落ちていく。求めた援軍に対する、魔界の王達から来た返事は、散々たるものだった。7つの国の王全てが何らかの理由をつけて援軍を断り、大魔王様にいたっては返事すらなかったのだ。


「期待など……そう、期待などしていなかったさ。」


伝令係を半ば怒鳴るような形で追い出し、寝台へ横になった私は、自らに言い聞かせるようにそう繰り返した。頬には、何かが流れる感触がしていた。そのまま自身の涙にも気付かずに、私は長い夜を過ごした。

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