第9話 最近、夫の様子がおかしい。
夫が30年間勤めた会社を定年退職して、早1ヶ月が経つ。退職前は、仕事熱心で趣味も何も無い人だったから、このままボケてしまうんじゃないだろうか、何か二人で新しい老後の趣味でも探そうかしら、等と心配していたのだけれど、それは完全な杞憂だったみたい。
退職後しばらくの間は、そわそわ落ち着かない様子で、何か悩んでいるようにも見えたのだけれど、時間が経つにつれ、夫は毎日のように外出するようになり、家には私と猫のミケちゃんの二人きり。へとへとになって帰ってきた夫に、一日どこへ行っていたのかと聞くと、ちょっと調べ物をしていたのだと言う。
まあ、家でぐーたらとしているよりは良いと思っていたのだけれど、そんな調べ物とやらが毎日のように続くもんだから、私も段々不安になってきてしまった。真面目だけがとりえのような人だけれど、贔屓目かもしれないけど顔も整っている方だし……いやいやまさかとは思いつつ、今日、自転車で出かける夫の後をつけてみた。
すると夫は、自転車で10分もない距離にある市営図書館へ行き、ほとんど一日中、難しそうな本を片手にノートを取っているではないか。しばらく見ていても、ほとんど席から動こうともしない。私は、邪推していただけに、何だか拍子抜けしてしまうと同時に、一瞬でも夫を疑った自分を恥じた。
ほっと一安心して家に帰り、ミケちゃんの相手をしながら夕飯の支度をしていたら、しばらくして大きな手提げ袋をいっぱいにした夫が帰宅する。聞くと、やはり本を借りてきたのだと言う。
「どうしたの、突然読書なんかに目覚めちゃって」
「いやなに、退職してから暇でね」
ふうんと返事を返しながら、おたまでお味噌汁をすくって味見をする。うん、我ながら美味しくできた。我が家は狭くて書斎なんて無いから、夫は仏間で本を広げ、難しそうな顔をしてまたノートを取っている。建築の本なんか読んじゃって、庭もないのに日曜大工でも始めるのかしら。そうだ、それなら今度本棚を作ってもらいましょう。あの子の部屋にある沢山の本も、きっと喜んでくれる。なかなか手をつけられなかったけれど、いつまでもそのままっていう訳にはいかないものね。
「お父さーん、ご飯できたわよー」
「にゃーん」
ううんと伸びをして、夫が食卓に座る。二人と一匹の家庭にしては、少し大きなテーブルで、いただきますと手を合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます