第7話 食後のデザート
「一体どういうことだ……」
「どういうこと、とおっしゃいますと?」
「これは夢のはずだろう。」
「はぁ」
「だから、どうしてまだ夢が続いているんだ。」
「遠野様、ご冗談がお上手なのですね」
うふふ、と口に手を当てるユルヴェーヌの笑い声。汗を吸って背中にはりついた衣服の感触。部屋の窓から差す陽の光で照らされる室内。全てが、その存在をこれでもかと主張してくる。私は混乱した頭で、ただ彼女が花瓶の水を取り替えるのをベッドの上から眺めているしかなかった。
「今朝方、ゴブリンの数を増やしましたので、昨日のように人手が足りなくなることもありませんよ。」
ですからどうぞご安心くださいと添えるユルヴェーヌの後姿を見つめる。続いている。この夢は、確かに昨日と地続きになっているのだ。終わらない、終わらせてくれない夢に眩暈がしてくる。
その時、どこからからグゥと音がした。何のことはない、それは私の腹から鳴る音だった。さっき目を閉じたばかりだというのに、身体はしっかり睡眠時間を取ったことを主張しており、空腹感も確かにある。おかしい、妻の手料理をあれ程食べたばかりだというのに。
私の腹の音を聞いて、そうそう朝食が用意してございますので大広間へどうぞ、と促すユルヴェーヌという名の女性は、未だぼんやりとした顔のままの私に、どうかしましたか?ときょとんとした顔を返した。夢とは思えぬこの違和感のなさ、私は鳴る腹に手を当てて、しばし考え込んだ。
大広間は、エントランスに比べると見劣りするが、その実上品さを感じさせる質素な造りだった。その部屋の中央に置かれた、長方形の細長いテーブルの一端には、既にマオさんがちょこんと座っており、こちらに目も向けずにナイフとフォークを手にして食事をしているのが見えた。私は、そのテーブルのもう一端に案内され、ユルヴェーヌの引いた椅子に座った。
朝食は、昨日と同じく見た事のない珍しい食材ばかりだった。皿いっぱいに盛られた色とりどりの料理は、一見ゲテモノのようで、どれも大変美味だ。この甘しょっぱいスパイスがかかったサイコロステーキなんぞは、真っ赤な見た目程、くどくなく、ひと噛みする毎に溢れる肉汁は私の食欲を刺激し、あっという間に皿を空っぽになった。思わぬ御馳走に舌鼓を打った私は、手を合わせご馳走様でしたと呟く。
「なんじゃ、それは祈りか?」
「えっはい、そうですが。」
「ふふ、お主の世界では変わった祈りかたをするのじゃな」
何か、私の動きが彼女の笑いのツボに入ったらしく、マオさんは自らの手と手を合わせ、ゴチソーサマと繰り返してはけらけらと楽しそうに笑うのだった。その姿は、頭から生える角を除けば、どう見ても年齢相応の女の子の姿そのもの見えた。
「あのうマオさん?」
「ふふ、よいか人間、わらわはマオではない、魔王じゃ。」
「まおお?」
「マ、オ、ウ」
まおう、魔界の王と書いて魔王。次間違えたら、また地下牢で目を覚ますことになるぞ、と不敵な笑みを浮かべる彼女。そのさっきまでの表情との恐ろしいギャップに、思わず背筋がゾワッと逆立った。それに、この歳でそう何度も首を打たれてはたまらない。この夢の世界では、彼女に逆らわない方が良さそうだ。
「ははは、冗談じゃ、もうあんなことはしたりせん」
「あは、あははは」
面白くもないのに愛想笑いを浮かべる。見たところ十歳にもならない女の子相手に気を使っている、そんな自分が情けなかった。
「で、何が聞きたいのじゃ?」
「えっとですね、魔王、さん……こんな事をあなたに聞くのもおかしな話なんですが、どうしたら私はこの夢から覚めることができるんでしょうか。」
「はぁぁ、お主まだそんなことを言っておるのか!」
心底呆れた、とでも言いたげなため息と共に、そう言い放つ魔王さん。その横で給仕をしていたユルヴェーヌも、苦笑いを浮かべている。
「あのう魔王様、恐らく我々の説明が足りていない部分も大いにあると思います。」
何しろ、彼は人間しか居ない世界と繋がっているのですから、と言い添えるユルヴェーヌ。その意味は分からなかったが、どうやらフォローしてくれていることは伝わった。
「ふむ……仕方ない、ユルヴェーヌよ、デザートを出してくれ」
食べながら教えてやろうと言う彼女。しばらくして、真緑色のゼリーのようなものが、透明なグラスに入って運ばれてきた。それにしても、先ほどから給仕をしているのはユルヴェーヌ一人のようだが、一体この量の食事を誰が作っているのだろうか。ふと、私の頭に、昨日仕事を手伝ってもらった不思議な生き物たちが、調理場でエプロンを着け、料理をしている様が浮かんだ。人間離れした見た目の彼らでも、同じような味覚を持っているのだろうか。少し、面白いな。
「ようし、ではまずわらわの世界の話から始めよう。」
スプーン片手に、魔王さんはそう言った。
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