第8話 夢と現実

「つまり、私はこの国を立て直す為に、その・・・」

「召還じゃ」

「そう、召還されたということですか」


それはにわかには信じがたい、というよりも荒唐無稽極まりない話だった。魔界の民を統べる為に存在する魔王族と呼ばれる一族のこと。そして、魔界に八つある魔王族の統べる国の中でも、最も重要な位置にあるのが、今存続の危機に際しているこの国であること、そして、私がここにいるのは、私が国を救う為の切り札であるからなのだということ。


聞けば聞く程に、足元からふわふわと、現実感が薄れていくような思いがした。きっと老いた頭のせいだけではないだろう、しばしば熱を持って語られる魔界の話は、まるでどこまでも他人事のように聞こえた。


「その、理屈は分かったのですが……ここが夢ではないという証拠があるんですかね。どうも、まだ実感が沸かないんですが。」


私は、目の前のデザートには手をつけず、スプーンを持ったまま、魔王さんに尋ねた。


「ではわらわも聞くが、お主の生きている現実とやらが現実である証拠があるのか?お主がどう思おうが、ここがわらわ達の現実であることに変わりはないのじゃよ」


「証拠……」


すぐに、あると言い返そうとしたが、どうしても二の句は出てこなかった。確かに現実を現実としている証拠を出せだなんて、大人げなかったかもしれない。少し反省し、すいませんと言った。すると、クスクスと魔王さんが笑い出す。


「人間よ、そのすぐに謝る癖をやめよ。それとも、お主の国では皆が皆そうやって他人にぺこぺことしておるのか?」


その言葉に、思わず反射的にすいませんと言うと、魔王さんは耐え切れないとでも言うようにゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。どうもこの子を目の前にすると、萎縮してしまう。いきなり気絶させられたことに怯えているのだと思っていたのだが、どうもそれだけではなさそうだ。見た目は小学生くらいの女の子であるのに、どこか落ち着きがあり、言葉には迫力と威厳がある。


「では現実の、というのもあっちの世界の私は今どうしてるんですか。やはり、寝室で寝ているんでしょうか」


「うむ、そうなるな。ちなみにお主があちらの世界に帰っている間も、お主はぐーすかぴーと寝息を立てて眠っておるように見えるぞ」


魔王さんは、それはそれは実に幸せそうな顔でな、とからかいがちに付け足した。


「ぐーすかぴー……成る程、就寝すると世界を移動するということですか」


眠ると現実から夢の世界へ行き、夢で眠ると現実で目が覚めて……いや、こっちも現実で?何だか頭がこんがらがって来たぞ。


「うーん、それじゃあ私はいつになったら、こちらの世界に来なくても良くなるんですか」


「ふむ、お主は現実から消えてなくなる方法が分かるか?」


また質問に質問で返された。えっとそれはつまり……


「私が帰る方法はない、と」


「いや、方法自体は簡単じゃな。今すぐ首を吊るなり、窓から飛び降りるなりするが良い。魔王城は崖地に立っておるから落ちればまず助からんぞ」


まあそう簡単に死なせはせんがな、と魔王さんは笑う。


「し、死ぬしかないなんて……」


「アハハハ何暗い顔をしておるのじゃ、お主は面白い人間だな。ここが夢だと思うなら死ぬのも容易かろうて、何ならユルヴェーヌに介錯させてやってもよいのじゃぞ」


本気か冗談かが分からない言葉に、またぎこちない笑いで返し、デザートのゼリーのようなものにスプーンをつけた。


う、うまい。透き通るような見た目どおりのスルリとした食感、すこし柑橘系に近い甘酸っぱさ、緑色の見た目とのギャップはあるが、大変美味だ。未だに現実感は追いついてこないが、味覚に訴えかけるこの味は、どこまでも本物のようだった。


「気に入ったか、魔力の補充にもなるからどんどん食べると良いぞ」


いつの間にか立ち上がっていた魔王さんが、そう声をかけながら部屋を出て行く。私はかけられた言葉の意味も分からず、ただその背中を見送った。

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