08

 男が寄ってくる。……恐らく、確実にとどめをさす為に。

 アルの上半身を抱きかかえる形になった私を、男が見下ろす。

 無表情なまま、男がアルの頭を銃でポイントする。

 その男の手首をアルがぐいっとつかんだ。

 そのまま引っ張られ、床に引き倒される男。

「……」

 慌てて立ち上がり、男は距離をとった。

 ゆら、と立ち上がるアルの身体。

「君達の飼い主は学習しないとみえるね……」

「……」

「何回僕を殺したら気が済むんだい」

 後ずさる男。

「いい加減、諦めて欲しいね。……ちょっとこれは痛すぎる」

 アルが抑えた手から何かを取り出し……床に転がした。

 それは……おそらく、アルの身体を貫いた銃弾。

「ホローポイント弾は、ギルドの中でも『非人道的』ということで禁止されてる筈だろう?」

「貴様が人間の範疇にあるならな」

 再び襲撃者が銃を構える。

 今度の標的は……おそらくアルの頭。

 アルは構わず動いた。その細腕が襲撃者の右手をひねりあげる。

「……御免ね。あまり女の子に続けて怖いもの見せるわけにはいかないから」

 襲撃者の手から落ちる銃。床に落ちる前に、アルがもう片方の手でその銃をうけとめた。

 腹に受けた筈の弾傷は服ごと影も形もなく。

「さて、首謀者のお名前をお伺いしたい処だけど……恐らく君も答えてくれまいね?」

 襲撃者の瞳孔がすぅっと小さくなる。

 どさっと、重いものが落ちた音。

「……またもや使い捨てか」

 ……え?

「……証拠隠滅の為とはいえ、むごい事をしてくれる……」

 私は、いったい何が起こったのか理解できなかった。

 ただ、わかったのは……唐突に危機が去ったらしい事。

「……うーん……チップ、焼ききられてるんだろうなぁ……」

 アルが、動かなくなった男の上に屈んで……まぶたをかぶせた。そして。

 私の許に歩み寄ってくる。

「……あっちへ行こう……シズ?」

 アルがぺたんと座り込んでいる私の顔を覗き込む。

「……シズ」

 私は立ち上がれなかった。

 頭をアルの胸におとして。

「……して……」

「……」

「……どうして、みんな黙っていなくなっちゃうの……?」

 パパも、ママも、ユウも。記憶を失くす前のマーティンも。

 みんな、私の前から黙って消え去って。

 アルの胸板を叩く。

 あの時。アルも先に行ってしまったと思った。

 しかも私のせいで。

「……」

「やだ。……いっちゃやだ……」

 だから安心した今、子供じみた言葉を止める事が出来ずに。

「おいてかないで……!」

 既に泣き声と同化している叫びを、私はアルにぶつけていた。

「……」

 私の背中を優しく叩く大きな掌の感触。

「……悪かった」

 違う。アルが悪いわけじゃなくて。

 理性はそう囁くけど、今はただ感情をぶつけるしかすべがなかった。

 私は泣きじゃくったまま……いつしか意識を失っていた。


 うっすら目を開けると、そこは薄暗い、でも心地よい闇の中だった。

 私、どうしてたんだっけ……?

「……起きた?」

 それはアルの声だった。

 その声で、私はだんだん記憶を呼び覚ます。

「──師長さんには連絡してある。今日はもう休んでても問題はないよ」

 起きあがろうとした私を諭すように、語りかけてくる声。

 私は起こしかけた身体から力を抜き、そのまま横に向けた。

「……アルは、大丈夫なの?」

「うん。あんなのしょっちゅうだし……あ。今回ばかりはエミリアが怒るかもね……シズを危険な目に合わせちゃったし」

「……」

 深く息を吐く。

 私はあの時、アルや自分が殺されてしまうかもという事ばかりにとらわれていてそこまで考える余裕がなかったのだけど。

 銃弾は、確実にアルの腹部を撃ち抜いていて。

 なのに。今思い返すと、アルは血も流さずそのまま立ち上がった。

 弾傷は、たしか感受性の高い人間ならば、弾が身体に入っただけでショック死しかねないのに。

 男が呟いた言葉を思い出す。


 ……貴様が、人間の範疇にあるならな。


「……何か、とても質問したそうな顔つきだね?」

 私はアルの顔を見つめて……尋ねた。

「撃たれて……痛かった?」

 アルは意表をつかれた表情をして……水を汲んだグラスを私の枕元へおき、傍らの椅子に座り込んだ。

「うん。……痛かったね。実を言うと、まだ痛い」

 くすっと笑って、アルが答える。私はそれを、質問を続けていいのだと解釈し、続けて聞いた。

「傷は、なくなってるのに……?」

「うん。傷はすぐ消せるけど……神経は、受けた痛みの記憶を引きずるから」

「痛みは、消せないの?」

「最初から、痛みを感じないようにもできるけど……でも、それはしたくない」

「痛いのは、怖くないの……?」

「怖いよ。……でも、痛みを感じなくなったら、僕はより人間から遠ざかってしまいそうだから」

 次々に問う私に、淡々と答えるアル。

「精神が感じる筈の痛みすら、なくしてしまいそうな気がする」

「……」

「意味のない感傷だと言う人もいるけどね……」

 本当は、もっと根本的な事を聞きたかった。

 けれどそれを訊くのにはすごく勇気が必要で……

 私はアルを「自分と違うもの」と認識するのが嫌だったのかもしれない。

「……もっと訊きたい事があるんじゃないかい?」

「──また今度にする」

「そっか。そしたら今度は僕が訊きたいんだけども」

「……?」

「……まだ続ける気?」

 アルの言葉が、「ギルドに関わり続けていく事」を指すのだと気づくのに、数秒かかった。

「……うん」

 アルが死んでしまうかも、と思った事はあんなに怖かったのに。不思議とあきらめる気にはなれなかった。

「……そんな気がしてたんだよね……」

 アルが、少し困ったようにいう。

「……とめないの?」

「とめてほしいの?」

 私は、ゆっくり首を振る。

「……まぁ、僕もエミリアも止められるとは思っていないけど」

 しょうがないな、という顔でアルが私をみつめる。

「君は、あの館の子供達の中で一番若いときのエミリアに似ているよ」

「昔の……エミリアに?」

「うん。まっすぐで、こうと決めたら動かない処がね」

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