24

「シズ、今日の二回目、でるぞ」

「はぁい」

 マーティンの声に、私は大声で返事をする。


 あれから早幾歳。

 私達は、静かで穏やかな時間を刻む事が出来た。


 私は看護科の過程を全て終了したのち、何年かを看護士として過ごし──マーティンが自分の店を出したのをきっかけに退職、今は街で二番目のパン屋のおかみさんを務めている。

 二番目というのは、まだカール・バクスターの親方が現役で頑張ってるからだ。

 『俺が生きてるうちは街で一番の看板はゆずらねぇよ』と胸をはって相変わらず毎日パンを焼き続けている。弟子としてはやっぱり師匠をたててやらなきゃねとマーティンは微笑いながら言った。


 お昼のラッシュが終わって午後の分の品物を棚に並べてると、ドアベルが来客を告げた。

「いらっしゃいませ」

 振り返るとそこには懐かしい笑顔が立っていた。

「シャロン!」

「久し振り」

 彼女は子供の家を畳んだ後、主人のギルと新天地へ移住し、そこで家庭を築いている筈だった。

「やだ、連絡くれればよかったのに」

「うん、でも今日はお店やってるだろうなと思って。ねぇ、今日晩御飯はご一緒できるかしら」

「勿論喜んで。店、終わるころに来て頂戴。──あら」

 シャロンの足元で恥ずかしそうにこちらを見ている子供に気付く。

 シャロンの子供にしては小さすぎる。もしかして。

「お孫……さん?」

「そうなのー。もう、うちの娘ったら、早婚な処まであたしに似なくてもいいのに。おかげでこの歳でもうお祖母ちゃんなのよ」

「ふぅん。……ね」

 その場に座り込んで。

「名前、何ていうの?」

 子供と目の高さを同じにして訊ねる。

「……どあーず」

 舌っ足らずな口調で答えて──シャロンのスカートの後ろに隠れてしまう。

「あら、恥ずかしがり屋さんなのね」

 私は立ち上がり、マーティンを呼ぼうとした。それをシャロンが視線で制す。

「いいのよ。また晩御飯の時に挨拶させてもらうわ。──あのね」

「ん?」

「私、多分シズにしばらく会いに来れなくなるの」

「……」

 私はシャロンの言いたい事を推察して、頷いた。

 シャロン達が移住したのは、壁の向こうの、新しい小さな国だった。

 そこにはまだ何もなく──それゆえ、たくさんの可能性がある。

 シャロンがその国へ移住して五年目。とうとう永住を決意した、という事なのだろう。

「だから、貴方に会いに来たの。この子にも会わせたかったしね」

「──うん」


 晩御飯は積もる話の合間に終わった。

 私は先に食器を水に漬け込んでしまい、椅子で退屈そうにすわっているドアーズの隣に座った。

「何かしてあそぼうか」

 私達の間には子供がなく──だからちょうどいい遊び相手もおもちゃもない。

 ドアーズは目を丸くして私を見て……小さな声で言った。

「おはなし」

「……お話?」

「この子ね、絵本が大好きなのよ」

 テーブルで話に興じていたシャロンが苦笑して私に言う。

「何のお話がいいのかな」

「えぇとね……しらないおはなしがいい」

「知らないお話……うーん……あ、そうだ」

 ちょっと思いついて。うん、上手に話せるかわからないけどやってみよう。

「……じゃ、始めるね。『昔々、ひとりの王様がいました』……」

「『おうさま』?」

「うん、王様。その王様はね、ずっとひとりぼっちだったの。──」


 ──そしてまた幾歳。


 仕事を終えた私は消印のない書簡を受け取った。


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 ご無沙汰。

 『ひとりぼっちのおうさま』を読ませてもらいました。

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 何となく、書き出しがそれらしくて思わず微笑いを誘う。


 あの夜、ドアーズに話したお伽話をせがまれるまま文に直して、お別れの朝に半折りの紙を閉じただけの本に仕立て上げお土産にと持たせたのだ。

 それが時を経て小部数とはいえきちんと装丁された本になるとは、まったく予想外の事だった。


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 まさかこんな形でシズに会えるとは思っていなかったから、驚いたけど嬉しく思う。

 ジンジャーも目を通したみたいで、通りすがりに『ちょっと恰好よすぎますね』って言われたけど。

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 一旦手紙を読むのを中断して封筒の裏を見返す。

 そこにはやはりアルのサインだけで、リターンのアドレスは書かれていなかった。

 ……返事を書きたかったのにな。

 残りは寝る前に読む事にして、私は、独特の癖のある字で綴られたその手紙を丁寧に封筒にしまいこんだ。




── そうして、王様は旅人になりました。そして今もきっと、旅をしながら私達の国を見守っているのです。──




....as for end, and story to the following children.

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百年の満月 あきら るりの @rurino

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