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私はそれからもギルドの仕事を続けたわ。ゆっくりながらも、アルの足元で少しずつ仕事の実績を伸ばしていった。
それが認められたのか、アルの副官の仕事の他に交渉担当の責任職に就く事になったの。
そして、私は最初にある国との交渉をまかされる事になった。
その国は、反ギルドという処まではいかなかったけど……自給自足を目指して動いている小さな国だった。
最初は、やっぱりあまり相手にしてもらえなかったけど……それでも頑張って通いつづけて、何とか話をしてもらえるようになったの。
毎日ぼろぼろになって、帰って。それでも、充実してた。
その国との交渉は時間の制限が決められていて……でも交渉は進展していたし、報告次第では時間の延長は問題ないって考えてた。
でも。期限の日時が訪れたとき、その事件はおきた。
私が期限の延長を求める為、ギルドの中央に向かっている最中に──その国はゼノンを使用して焼かれた。
「ゼノン?」
耳慣れない単語に、私はエミリアに反射的に聞き返した。
「ギルドの、武器よ……理屈は電子レンジと一緒。十秒照射されれば──体液が沸騰して、その地域の生物は全て死に至る」
そんな兵器が「たまには動かしてやらなきゃ」という単純な軽口で起動された。
私がそれを知ったのは、中央に着いてからだった……
すぐに、確認して……抗議に行ったわ。そして、あっさり切り返された。
「交渉班にいったん動いてもらったのは、大義名分が欲しかったからだ。別に成功など期待しちゃいない。むしろ期限に間にあわなくって都合がよかったくらいだ」
耳を疑った。
「ギルドは慈善団体だ……だが、同等な相手などいらない」
「しかし……」
「自給自足など、叶えられたら敵わん……それをよりどころに、他の国が寄ってくるだろう。将来的に、ギルドの敵にまわらんとも限らん」
「そんな事……!」
「不安の芽は早くつぶしておくに越した事はない」
それが答えだった。
私には、それが納得いかなかった。ギルドと他の国とが、支配するかされるかだけの関係だなんて……間違ってる、と思った。
けれど……変わったのは私かもしれなかった。……アルに会っていなければ、「そういうものなんだ」と思ってそれだけだったのかもしれない……
とにかく、もう二度目は御免だった。交渉担当の責任者として、かなり強引にでもギルドの都合を優先させた……ギルドが悪く言われたっていい、あんな形で殺されるよりはって……
おかげで、悪名高かったわよ。そりゃそうよね、目に見える交渉相手は私なんだもの。
アルも彼のできる範囲で協力してくれた。ギルドにしても交渉相手を支配できるなら文句はいわないから……
ただ、そうやって駆けずり回ってる私を目障りに思ってる人間達がいたのもまた事実だった。
私もあせってた。そして……自分の身近な敵の存在を見過ごしていた。
「エミリア=コーンウェル」
それは、最終通告だった。
ギルドが敵対国と決めた国と、独自の判断で交渉を行った事で、私は責任を問われた。
「越権行為だ……現時点で任を解く。──下がれ」
そのとき、私は自分がただ踊らされていた事に気がついた。
……私が起こした事件が元で、何人もの人が整理させられた……伯父ですら、閑職に追いやられた。
私の小さな正義感は、私の味方だった──そして、ギルドの中の抑止力だった人達を追い払うのにすごく都合がよかったのね……
……今なら。エミリアが私の事をあんなに心配した意味がわかった。
自分が正しいと思って、進んだ道が後悔になる可能性……
「それを機会に、私は自宅謹慎を命じられた。もうどっちにしろ、仕事ができる状態じゃなかった。アルがいてくれなかったら、命を絶っていたかもしれないわ……」
「エミリアは……どうやって、立ち直ったの?」
自分がそんな立場になったなら、きっと死ぬまで立ち上がれない。そう思って、私は聞いた。
「……子供よ」
エミリアは、静かに微笑んでそう言った。
「子供……」
「アルはああいう人だから、彼との子供は望めない。それは承知で一緒になった」
「……」
「でもね。彼があるとき親と死に別れた子供を連れて帰ってきた……シズ、貴方と同じ状況のような子供をね」
「……」
「ほっとけないけど、ギルドの中に置いとくわけにもいかないって。最初はしばらく預かった上でしかるべき養い親を見つけるつもりだったのだけど……その子供とすごした数週間が、不思議と私の心を落着かせてくれたわ」
そして。……決断する。
「アルに、お願いしたの。ギルドの犠牲になりそうな子供達を助けて、育てようって」
ああ。あの子供の館はそうしてできたのか。……幼い頃の、穏やかで優しい場所を、思い出す。
「言い出したはいいものの、最初はとにかく大変だったわ……私、料理一つろくにできなかったのよ。ギルドで仕事をしていた時は忙しすぎて全部外食に頼ってたし、洗濯も全部外に出してたし、家にあまりいないから掃除するほど部屋は散らからないし。子供の時は使用人が全部やってたから、私母が料理する処を見た事がなかったもの。
……でも、そうやって子供達を相手にしている間、私は間違いなく幸せだった」
人を疑わなくていい事。穏やかに笑う事。そんな単純な事がそれまで叶わないでいた事に気がついた。
「だからね、私、アルの前では必ず微笑っていようって思ってたの。あの人は、私より長い、辛い時間を生きていた筈だから……」
エミリアは微笑んだまま……私の肩によりかかった。
「……エミリア?」
──静かな、小さな震えが伝わってきて、私は黙り込んだ。
「シズ……私は、今とても死んでしまうのが怖いわ……」
ぽつり、とエミリアが言った。
「……自分の事はいい。彼とともに生きられて、幸せだったと思う……でも、あの人を、置いていくのがつらいの……」
それは、私が初めて聞いた、エミリアの弱音だった。
「そんな簡単な事を……最初からわかっているつもりで、わかってなかったんだわ……」
瞼を抑えたエミリアの肩を私は黙って抱いた。
その晩私はエミリアが寝付くまでそばにいた。
私には何かできるのか、考えながら。
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