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 私がまだ駆け出しの新人だったとき。シズ、今の貴方と同じくらいの年だったわ。

 伯父様の計らいで、ギルドの職員になった。特にギルドでやりたい事とかがあったわけじゃないのだけど……でもそれが伯父様の愛情の示し方だと思っていたし、そうやって半分コネのような状態で仕事についたからこそ、自分から動いて結果をださなきゃいけない、って思ってたわ。


 そんな時よ。ギルドの代理人として、アルに会いに行く事になったのは。


 本来要人との交渉というのは新人に任されるような事じゃないのだけど、私にそれを命令した側はアルの出方とかを見たかったのでしょうね。

 あと、何を勘違いしていたのか私は伯父の姪、ってだけですごくエリート扱いされていたから、実力を計ろうとしていたのかもしれない。私がただのコネで就職した能無しなのか、それとも実力が本当にあるのか、とかね……

 ともかく、私も社会に出たてで世間知らずだったし、負けず嫌いだったから、辞退しなかった。うまくいかなくてもともと、でも成功したら伯父様にご恩返しできる、って思ってね。

 でも、最初アルはぜんぜん相手にしてくれなかった。……というより、全てがどうでもいいって感じに見えたわ。あの時のあの人は……

 とにかく取りつくしまもなく、熱意だけじゃどうにもならなくって、ギルドの過去の資料を洗えるだけ洗ったの。

 シズ、貴方はあの図書館を使った事があると思うけど、あそこには膨大な資料がある。あそこになければ、世界中のどこを当たってもみつからないってくらい。

 なのに、彼の資料は何もなかった。探して探して──見つけ出したのは新聞記事の写真1枚よ。もう本当に偶然で、彼に会った事がなければ気づかなかった──でも、それは驚きでもあった。だって、百年も前の骨董品ものの新聞だったのに、今と殆ど同じ姿だったんだから。

 そこで、私は視点を変えて、その新聞記事に載っていた人名や地名、その他諸々のものから洗い出す事にした。そうしていけば、彼そのものについては出てこないかもしれないけど……何か見えてくるって思ったの。

 そして──一つの仮説を立てた上で、私はもう一度彼に会いに行った。

 彼は相変わらず、反応すらしてくれそうになかったけど……それでも彼の前に立って、こう言ったの。


「大断絶について、故意に事故を引き起こした可能性がある、との情報があります」


 大断絶──フラグメンツ・カタストロフィの事よ。


 それを言ったとたん、彼が初めて私を見たの。

 怖かったわ。あんなに強い、鋭い目は初めてで……それは、私の仮説が正しかったのを証明したと同時に……私の言葉が、彼の痛みを掘り当てたのと一緒だったのね。


 ここまで話すと、エミリアは大きく息を吐いて、薬を頂戴、と言った。

 私が水と薬を持ってきて……飲み終わって、一息ついてからその話は続いた。


 それでも私は……退くわけにはいかなかった。

 笑顔を作って、言ったの。


 ……ようやく私の顔を見てくださいましたね。

 でも困りましたわ。私、貴方の興味を惹く為にギルドの重要機密の一つをお教えしてしまいました。

 このままでは、私、厳罰を頂戴してしまいます。それは嫌ですので私、貴方に快く要請を受けていただいた事にいたしました。ですので、私と一緒に来て下さい。


 ……ばかみたいでしょ。でも、必死だったの。

 今思えば、あの時既に二百歳を超えていた筈のあの人に、たかだか二十二歳の女の子のはったりなんて効く筈ないのに……

 けれど、あの人はその時私と一緒にきてくれた。黙ったままだったけど……

 多分、私の言った一言は、それだけアルにとっては大きかったんだわ。


 ──フラグメンツ・カタストロフィ。

 今から百年ほど前に起きたといわれている、謎の現象。世界に壁を発生させ、世界を48に分け、人口の七割を死に至らしめたと言う……

 それが、人為的に引き起こされた事……? しかも、故意に。

 そして……アルが既にそんな長い時間を生きていた、という事。その事故に関わっていたかもしれないという事。

 全てが大事すぎて……それについて質問する気も起きず、私はエミリアの言葉に耳を傾け続けた。


 ギルドに彼を連れて戻ってきたら、もう、大騒ぎで。

 私が、アルについて調べるのにとにかく時間がかかっちゃってて……上司ももう、きちんとした交渉担当に切り替えようと思ってたみたいだったのね。

 アルをギルドに引っ張ってきた私は、すごい手柄だと言われて……誉められた訳だからそれについては嬉しくない訳ではなかったけど、その為に彼の痛みを引き出した事に罪悪感を覚えて、素直には喜べなかった。

 それにアルはギルドの為に働く事を潔し、とはしていなくて……長い交渉の上に、かなりの条件を譲渡した上でようやく、フリーのエージェントとして仕事をしてくれる事になった。

 けれど彼の取り扱いが難しそうだという事で……アルをギルドまで連れてきたという理由で私が彼の部下兼監視役、って事になったのよ。


 アルはスカウトされてきただけあって、仕事には厳しかった。いや、不真面目だったわけじゃないけど、私はそれまでかなり甘やかされて育ってきたから……表情はすごく穏やかに微笑ってるんだけど、それだけにおっかなくてね。

 そう。アルの存在は私にとってはすごく新鮮だったのよ。伯父はともかく、両親もギルドで働いてたし、外から来る人も自分から志望してくるわけだから、とにかくギルドが正しいって考えのなか育てられてるわけじゃない。そんな中で、違う価値観を持つ人は珍しかったの。

 だから、彼が何を考えてるのかしりたくって、構いまくって、いろいろ質問して。

 そのうちには、彼の表情もだんだん穏やかになっていって。たまには冗談も言えるようになって。

 そうやって、一緒に時を過ごしているうちに……私は、彼の見ている世界を一緒に見たくなった……

 そんな折に。私はアルが怪我してちぎれた腕を自己修復したのを見てしまって……

 その時言われたわ。心配してくれるのは有難いけど、もう構うのはよしてくれって。

 でも、もうその時にはアルは私の心の中にいなくてはいけない人になってたの。だからカチンと来て。

 不思議よねぇ……どうしてこれでギルドの仕事が勤まってたのかしらね?

 気づいたら、言っていた。

「貴方はずっとそうやって、たった一人で微笑んでいるつもりですか」


 ……貴方の生きる時間の何分の一の時間になるのか、わかりませんが……その間私を隣においてもらう事は適いませんか……と。


 アルのあんなに途惑った顔は初めてだった。

 言ってから、しまったって思ったわ。だって、いきなりプロポーズしてしまったようなものよね?

 でも、言っちゃったらもう引っ込みつかないわよねぇ……あの人は何度も何度も諦めさせようとしたけど、私は私の恋心を、深く考えずに優先させてしまった。


「……それで?」

 エミリアは淡く微笑んで、自分の首の後ろに手を回し、服の中につけていたネックレスを筈して私に渡した。

「ごらんなさい」

 ネックレスには指輪……年を経て鈍く光るその内側には……文字?

 私は指輪を軽くもちあげ、薄くなった凹凸に光を当てた。

 ──Emilia=Cornwell=Jeeling。

「あの人には籍がないから、正式にじゃないけど……アルは私の、大事な主人なの」

 ……大きく、息をつく。

 長年、見ていて不思議だった2人の穏やかな雰囲気。それは、言われてみればそれ以外にありえないようにも思える──長い時を一緒にすごした二人の空気だったのか。

「もしも、これがお伽話なら、この話はこれでおしまいだけど」

 一種の感慨にふけっていた処へ、エミリアの言葉が続く。

「私達は生きているから──まだ続きがあるの」

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