11
「……風土病の一つですね」
診察を終えた医者は、そういって聴診器を鞄にしまいこんだ。
「では……」
私はほっと息をついた。
エミリアは脇のベッドで静かに眠っている。
「えぇ。安静にしていれば急激に悪くなる事はありません。ですが……」
「……ですが?」
「体力があるうちはこの病気にかかる事はまずないのですよ。年齢が年齢ですから……」
……それだけ、エミリアの体力は落ちてきてるという事なのだろう。
それにしても。ほぼ毎週顔を見せている筈の私も、私と入れ違うようにエミリアに会いに来ているシャロンも、エミリアがそんな薬を飲んでいた事は知らなくて……頑なに隠していたのだとしても、気づかなかった事が何となく口惜しく。
……アルは?
アルは、気が付いているのだろうか?
私が現場へ戻ってきたとき、ダグの姿はもうなかった。
「……ダグ……は?」
「あの個体ですか」
ジンジャーさんは半壊した居間で私の戻りを待っていた。
「生存したまま身柄を拘束しようと思いましたが、また生命反応を消されました」
「……死んだの?」
「個体としては」
私は自分とアルが襲撃された時の事を思い出した。あの時も襲撃者は唐突に動きをとめて──
ジンジャーさんはダグの身体を回収した上で、護衛の為に戻ってきたのだといった。
「でも……」
以前『邪魔です』と言われた台詞がひっかかって、私は尋ね返した。
「任務ですから」
ジンジャーさんは事もなげにそう言った。
私はジンジャーさんの向かいの椅子にこしかけ……尋ねた。
「ダグは……彼は、どうして?」
「あれはサイバネティクス手術を行った人間の試作品の一つだと思います」
……試作品。物について語ってるかのようなジンジャーさんの言葉に、息がつまる。
「それじゃ……ダグは」
「詳細についてはわかりません。予測している仮説はありますが、まだ憶測の域をでませんのでお話するわけにはいきません」
「でも……」
……彼は。たわいない話をして。照れたように笑って。心配そうな顔をして。
記憶の中にある彼が、まったくの嘘とも思えない。
「……あの個体は、知っている人間だったのですか」
「うん……ね。生命反応を消されるって……どうして」
あの時アルは言っていた。……証拠隠滅の為とはいえ、と。
という事は、あの襲撃者はアルが殺したわけじゃなく、外部の何らかの作用で死んだ、という事だ。
「……失敗しました。特佐に言われた事を忘れてました」
「特佐?」
「……アルフレッド・ジーリング特佐です。エージェントではありますが、指揮系統を整理する為にギルドの正規の職員でなくても、地位名称は与えられる事になっています」
……どのくらいの地位なんだろう。よくわからない。
「言われてました。貴方は勘がいいと」
ジンジャーさんは困惑した表情で言った。
「それならあまり隠すのは得策でないかもしれません。勝手な思い込みでこちらにとって予測不能な行動をとられると困ります」
「……」
「わかる範囲で現在どのくらい危うい状況なのかと、襲撃者について説明させていただきます。その前に……」
「はい」
「水を一杯いただけないですか。できれば砂糖を飽和状態にして」
真顔でジンジャーさんはそう言った。
「えと……ホットミルクとかではなく?」
「動物性の蛋白質は身体に合いませんので」
「……はい」
ジンジャーさんは砂糖水を一気に飲み切ると話しはじめた。
「現在、サイバネティクス技術というのは基本的に生身では耐え切れない攻撃に対して身体の部分部分を強化し、それぞれの部品について脳と神経をつなげるというのが標準です」
うん。確か、マーティンが受けた手術もそんなような内容だった筈だ。
「それに対し、現在は人格コントロールも含めた全体的な改造が最先端になっています」
……え?
「人のままでは、どんなに身体が強化されようと恐怖心までは押さえ込めませんので」
「……でも……」
「というのが、研究者の主張です」
……あ。別にジンジャーさんがそう思っているわけじゃないのか。
「えと……ジンジャーさんは……」
「私ですか? 私はもともと、対人・対機械用の兵器として作られてますので」
……兵器?
「あ。今のは私についての質問ではなく、私がどう思うかの質問だったのですね?」
ぽりぽりと頭を掻くジンジャーさん。
「すいません。私は基本的にオペレートと解析が専門なので……どうもこのような会話は不得手です」
……説明してもらう筈が混乱してきた……
「で、話をおおよその処で戻しますと、先ほどの個体は『そういうもの』です」
……人格コントロール……
「もし以前シズさんが彼に会っていて、以前の彼とまったく違っていても不思議はありません。人格が上書きされたと考えれば」
「そんな事……」
できたとしても、許される筈が。
「私は倫理的な事はわかりません。ですが研究者や上部の人間には思う処があるようです。……まだ完全な証拠を掴んだ訳ではありませんが、試作品に利用される人間は研究賛同者の遺伝子コピーから作った個体が利用されている可能性が高い」
怖くて……悲しかった。
確かにそれは、一般の人達を巻き込むよりかはいいのかもしれないけれど、例え同じ遺伝子とは言え生まれて育ったからには別の人間の筈で。
そして、別の問題もある。
「……まぁ、襲撃者についてはそんな処ですね」
肩をすくめ気味に言ったジンジャーさんに、私は重ねて訊いた。
「その……ダグみたいな人を作り出すのに賛同している人達って……」
そう。それが、本来の……「意思」の在り処の筈。
「軍事関連の決定権は上部の、しかも一部にしかありません」
「……つまり……」
「ギルドの相当上部の人間がこの件に噛んでるだろうという事です」
「……でも。アルは……ギルドの一員ではないのでしょう?」
「肩書きにおいてはそうですね。しかし、特佐は創始者から直接招待を受けた身ですから……もともとからいる、ギルドの存在意義に忠誠を誓ってる幹部達にはあまり好感をもたれているとは言えません。ましてやエミリア様がおそばにいらっしゃるのですから」
……エミリア、様、か。
ジンジャーさんに訊いてみたかった。エミリアがギルドの関係者というのなら、なぜこの地で独り、多くの子供を引き取って育てつづけるような生活をしているのか。アルとの接点は何なのか。
それを訊くのは容易いだろうし、訊いてみればジンジャーさんはあっさり答えてくれるのかもしれない。けれど、私はエミリアかアルが話したくなったときに話してくれるのを待ちたかった。
あのとき、私が口を開くのを待ってくれたように。
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