05
ギルド。正式名称は「世界通商管理機構」。
戦後生き残った人類は戦前の三割にすぎなかった。彼らはその残された人類の生存と永続を目標と掲げ、現在世界の七割の流通・交通を御すといわれている。
更に識者と言われる者に重ねて問えば、次の言葉を付け加えるだろう。
その前身は武力団体であり、戦争終了直後彼らの独自の理想を提唱し、それについて連立・あるいは協力をする事を拒んだ他の団体を武力で抑え込み、現在の基盤を築いたらしいと。
『らしい』というのは、文書による公式記録にはこの事については全く記載されておらずギルド自身もこの「噂」については「口さがない奴らの戯言」としてとらえ肯定も否定もしないからだ。
だが実際ギルドには軍組織があり、その産業の何割かを軍需が占める。
私がダグに連絡をとるまでに調べあげたギルドについての情報はこれだけしかなかった。にも関わらずこれだけの情報を得るのには数ヶ月かかってしまった。
理由はとにかく資料がない事。そして……戦後から百年近い時間を経てしまっている為、当時を生きていた人間をみつける事ができなかったためだ。
「就職って言われても……俺、そんな権限……」
思ったとおり、ダグは途惑った声を出した。
「コネって言ってるんじゃないの。通常だったらどういうルートで就職するのかなと」
私がそう答えると、ダグは少し納得したようだ。
「うーん……でも俺もあまり詳しくないですよ。俺はギルドが経営している学校の生徒でそのツテでそのまま軍属になりましたからね。マーティンや他の同期の奴らも」
「……」
……そう。資料がないっていうのはその辺も含めて資料がないわけで。
「どうしてもっていうなら、地元の支部へ行って募集がないか見てくるのが……」
「地元……?」
でも、そんな悠長な事は……
「確か軍以外の業務は、地元勤務を経験しないと中央の勤務には就けない筈ですから」
……という事はそれが一番早いルートなのか。
「……あ」
ダグが何かを言いかけた。
「……何か?」
「……いや……でも……」
歯切れの悪さに、ちょっとだけいらつく。
「何でもいいわ。……何?」
「……あのですね」
あまり正確でないかもしれませんがと前置きして彼が語ったのは、医療・看護担当ならという話だった。
「これなら常時募集してます。ただ……」
「ただ?」
「医療・看護担当は常時不足だからこそ、常時募集なんです。配置によっては前線にいきますから」
……戦場へいくという事か……
さすがにそれについては抵抗があったが、とりあえずこの場で悩む時間も惜しかった。
「教えてくれて有難う。とにかく地元の支部へ出向いてみるわ」
「あ、あの……」
「はい?」
「……正直、俺はシズさんにこっちには来て欲しくないですね」
その言葉は不快感でも拒絶でもなく……多分彼なりの優しさととれた。
「……有難う。では」
私は静かに受話器を置いた。
私がギルドに就職したいと言い出したのは、マーティンの事があったからだった。
自己責任の治験とはいえ、ギルドは働けなくなったマーティンの口座へ大量の現金を振り込んできた。
感情的な部分では突っ返してやりたい気持ちが大きかったけど、私達が生活していくことやジェシーやマーティンの医療費がかかるのは事実だった。
それに、マーティンの気持ちが無駄になる。
私はせめて何が起こったのかを知る事で、感情の折り合いをつけたかったのかも知れなかった。
支部は閑散としていた。
奥にちょっと上司らしい年配の男性と、前面のカウンターに受付の女性と男性が1人ずつ座っているだけ。
「……何か?」
何をしている訳でもなさそうなのに、忙しそうに訊ねる女性に私は用件を告げた。
「就職……?」
またかという感じで女性は溜息をつき、手元にある幾つかの職種の募集要項をまとめた紙をさしだした。
「これ、そこで軽く読んでも構いませんでしょうか」
「……はい。でも受付はもう終了してますから、また後日来てもらう事になりますけど」
「かまいません」
空いている長椅子に座って、簡単に募集要項を読む。
……こりゃぁ……また難関だわ……
学歴と生まれた年次まで制限がある。……という事は。募集している人数に対して、応募者が多いという事なのだろう。
「……あら?」
軽く斜め読みした募集要項の一番最後の欄には、「医療・看護担当」の記載があり、そこにはただ「詳細職員にお尋ねください」とだけあった。
「あの……」
「はい?」
「この、医療・看護担当って処なんですけど」
「……はい」
女性はすかさず分厚い封筒を私に差し出した。
「……あの?」
「条件やその他諸々、これに記載してあります。これを読んで決心されたらまたきて下さい」
「……はい」
何だか軽くいなされたような気もしたが、実際陽もかなり傾いていた。あまり遅くなると時間が足りなくなる。
「有難うございました」
分厚い封筒を抱えて、私は支部をでた。
外でしげしげと封筒を見ると、表面には大きくギルドのロゴが入っている。……私は何となく、この封筒をマーティンやジェシーに見られるのが嫌だった。
私は公衆電話から、久しぶりにエミリアの許へ寄って帰る、とマーティンに告げた。
「あ、シズだー」
「彼氏と喧嘩したのかー?」
館の子供達が、久しぶりに訪れた私を出迎えてくれた。子供達は、マーティンに起こった事を知らない。
「ばーか。……ね、エミリアは?」
「さっきアルが帰ってきたからー」
「アル? アルが帰ってきてるの?」
……タイミングが悪かったかな。エミリアには連絡しないで来てしまったから。
アルが帰ってきてるときのエミリアは本当に幸せそうなので、あまり邪魔をしたくなかった。
年齢的にも、相談するならアルにも聞いてもらった方がいい。でも。
「私、エミリアに知らせてくるー」
私が悩んでる間に、年長の女の子は走っていってしまった。
……やっぱり、悩んでると分かるのかな。やがて駆けて戻ってきて。
「アルとエミリアがおいでって」
「や。久しぶり」
アルとは二年ぶりくらいになるだろうか。
「……また今度でもよかったのに」
「子供が遠慮するもんじゃないわよ」
エミリアが微笑んで言う。
「キムが心配してたわよ。すごい困ったみたいな顔してるって」
「……あはははー……うん」
私は、エミリアとアルの姿を見つめた。
歳相応にゆっくり年老いてゆくエミリア。全く変わらないアル。
……全く?
私がこの館にアルに連れられてきたのは十一の時。つまり、あれから七年は経っているはず。
気のせいかな。アルは下手すると三ヶ月単位で帰ってこない人だし。
「……ギルド?」
アルが私の持ってきた封筒に目をとめた。
「うん……」
私は、アルとエミリアに今までに起こった事をすべて話した。
「──なるほどねぇ……」
話を聞き終えたアルが考え込む。
エミリアが、あらあらという顔でアルを見上げた。
「うーん、自分で決めたのならやってみろってのが僕の教育方針なんだけど」
「……エミリアはともかく、アルに育てられた記憶はないんですけど……」
「あははは。……言葉のあやだよ」
アルが苦笑する。
「でも、正直お勧めはできないね」
「……うん。そういうと思った」
「シズ」
アルが唐突に真剣な口調で言う。
「ギルドに生活を手伝ってもらう事と、内部で働く事は全く違う」
「……」
「ギルドは経済団体だ。その職員になるという事はギルドに利益をもたらさなくてはならない。意に染まない事でも協力しなければならない事も多い」
「うん」
「君は一度家族を失っている。そして今度の事も……多分きついだろうね。でもそれについて覚悟があるなら、行動すればいい」
「……うん」
私は頷いた。
「そこらへんの大変さは、そこの書類に書いてあるんだと思うけど」
「……これ?」
「ギルドは色々な事をやってるからね。多分その封書の中味は大量の承諾書だ」
私は、まだ開封していない封書をまじまじとみつめた。
「あの……」
「ん?」
「この書類……ここに預けて、明日また見に来てもいい?」
「いいけど……ちゃんと家族には話すようにね」
「うん」
「僕はまた明日の朝出かけてしまうから。エミリアにも相談すればいい」
「……うん」
私は、その晩はお暇してマーティンとジェシーの待つ家に帰った。
「……もうちょっとゆっくりしてきてもよかったのに」
出迎えてくれたマーティンはそう言った。
「うん、でもアルが帰ってきてたから」
「そっか」
「それより御免ね、晩御飯」
「いや。また親方にパンわけてもらったから……つーても、俺の練習作だけど」
マーティンは義足にも段々なれてきてほぼ日常では何の不自由もない状態になってきていた。
現在は昔私が働いてたパン屋で、見習い職人をやっている。
「でも、段々上手になってるわよ?」
「そうかなー……へへ」
「うん」
微笑みながら。
私はアルの事が気になっていた。
彼は、滅多に会えない命の恩人にあたる人で……だから、恋愛感情などとは該当しない位置にいるんだけど。
幼かった頃に見えなかった事が見えてくると、また謎の多い人だった。
別に館の出身とか言う訳でもないみたいだし、職業も何やってるか見当もつかないし……
「……シズ?」
マーティンの声に、急に現実に引き戻される。
「ん? 何?」
「……ん……いや、考えこんでるみたいだったから」
「ううん、大した事じゃ……そうだ、話さなきゃいけない事が……」
私はマーティンに、ギルドに就職したい旨を相談し……アルについての疑問を、意識の外に一旦飛ばしてしまった。
しかし、私は意外な場所で彼に出会う事となる。
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