17
決断は一瞬に迫られた。
ジンジャーの許に戻るのは容易い。──けれど私が行っても助けにはならない。むしろ足枷になってしまう可能性のほうが高い。
……なら。先にすべき事がある。
私は走り出した。
ジンジャーの先程の言葉が本当なのか、それとも私を遠ざける為だったのか分からない。けれどあそこにはエミリアがいる。アルが今居ない以上、私が出来うる限りエミリアを守らなければ……!
「エミリア……!」
「シズ……何が起こってるの?」
「まだわからない。でも、ひとまず避難しなくちゃ……起きられる?」
エミリアが、一生懸命起きて動こうとしてくれる。けれど、起きている時間より横になっている時間のほうが多くなっていたエミリアは、身体を動かすのもかなり負担なように見える。
……よし。
「エミリア、ちょっと御免ね」
「……シズ?」
私は、上半身を起こしたばかりのエミリアの真横に座り、エミリアの腕を首に巻く。
「頑張って、つかまってて」
「うん」
私はそのまま身体を起こし……何とかエミリアを抱きかかえる形で持ち上げる事に成功した。
これは看護の手伝いの仕事をしばらく続けて力がついたのもあるけど、どちらかというと火事場の馬鹿力というやつかも。
そして──エミリアの身体が軽くなってきているんだという事に思い至り少し悲しくなる。
けれど、時間は一刻を争う状態になるかもしれない。
私は考える事を断ち切りエミリアを抱え外へ向かった。
外へ出ると、野次馬の中からシャロンとギルが駆け寄ってきた。
「エミリア、シズ……! 無事だったの……?」
「うん、ジンジャーが守ってくれて……」
そこまで言って、その場にへなへなと座り込んだ。火事場の馬鹿力も時間切れのようだった。
かわりに、ギルがエミリアを抱きかかえてくれる。
そうだ、ジンジャー。
エミリアはシャロン達にお願いできた。なら。
行かなきゃ。ジンジャーの元に。
「シズ!」
「御免シャロン、行かなきゃ……エミリア、お願い。すぐ戻るから」
「シズ……」
シャロンが、呼び止めて……諦めて、頷いて、ギルをせかす。
身体はかなり疲弊してた。でも、守ってくれた人を放っておけない。
もう大丈夫、って伝えに行かなくちゃ……
「お前一人か……なかなか勘がいい」
「索敵は専門ですから」
砂となった瓦礫の舞う中、対峙する。顔は、まだ見えない。
「だが、戦闘には特化されてないだろう?」
皮肉のこもったからかうような声。
ざっ。影が一歩前に出る。
「たまには奴らのいう事をきいてみるものだな。人間一人……しかも『生きたまま連れてくる』なんて面倒をぬかすからどう言い訳しようかと思ってたが……目的の人間はいないようだし、おまけにお前がいた」
それは。
死体を持っていくつもりだった、という事なのか。
「そのつもりにしては地味ですね。……私が知っている貴方なら、ここらへん一帯瓦礫の山にしたでしょうに」
「だからだ。努力したけど、失敗って形にしたかったからな」
酷薄な、高めの声。
「……変わりませんね……あのまま、やられていればよかったのに」
ジンジャーの声には、言葉と裏腹に哀れみの感情が混じる。
「つれない事を言うな。せっかく同じ研究所で生まれた仲だというのに」
くっくっと嗤う声。
舞う瓦礫はおさまり──空気の透明度が上がっていく。
影はまた歩みを進める。
「……ミントやシナモンが、どんな気持ちで貴方を屠ろうとしたのか……」
「やれやれ、あの中じゃお前は理性的なほうだと思ってたが」
「理性は優先します。感情は殺しますが、消しているわけではありません」
背丈は小さい。
そう──女性型であるジンジャーとほぼ変わらない身長の少年。
「……久し振りですね、ローレル」
ジンジャーは構えを解かない。
「ああ。二五〇年振りか」
もう一度エミリアの寝ていた部屋に入る。
ジンジャーの鞄らしきものを探す。
「……これ、かな」
やたら大きいアタッシェケース。女性のものと考えると大きすぎるが……ジンジャーらしいといえばらしいか。
取っ手に手をかける。……重い。
「……くっ」
でも。
第六感が告げている。これは必要なものだと。
私はアタッシェケースを引きずりながら、居間だった場所へ向かった。
見詰め合う女性と少年。その間5メートル。
少年がずっと笑みを浮かべているのと対照に、ジンジャーの表情は硬いままだ。
「どうする?」
少年が問う。笑顔のまま。
「どうも……貴方は仕掛けたいのでしょう」
「ああ。だがお前が相手なら、お前の得意分野で来てくれなければ戦う意味はない……来るなら最高で来い」
「手を抜いて勝てるなど、そんな甘い考えは持っていません」
「いい心がけだ。──なら」
その言葉が引き鉄となる。
最初に仕掛けたのはローレルだった。
ほぼ同時に見えないスピードでジンジャーが横へ走る。
目的は──剥き出しの鉄骨。
甲高い金属音がする。
ローレルが放った凶弾を、ジンジャーが難なくちぎりとった鉄骨で、その弾道を正面から受け、防ぐ。
粘土細工のようにえぐられる強化鉄骨。
再び身構える二体。
この間、わずか〇・五秒。
──それを理解できるのは対峙している二人のみだった。
「……対人戦闘で対装甲用強装弾とは、貴方らしい選択ですね」
「当り前だ。簡単にくたばられたらつまらないだろう」
すらすらと滑らかに滑っていたペンが止まる。
頬杖を突いていた体勢はそのまま、目線を扉へと遣る。
……やがて彼は視線を書類へと戻し、独り言のように呟いた。
「──何か用ですか」
再び走り始める、ペン音。
「……僕、今優秀な秘書をお遣いに出しちゃってるんで全部一人でやらなくちゃいけないんですよ。余分な時間、あまりないんですよね」
彼の独り言のような言葉の間に、走るペンの音が続く。
その沈黙は何秒続いたか。──静かに正面の扉が開く。
武装した数人の男が部屋に入り込んでくる。
「ちょっと待って下さい。あとちょっとですから」
ペンは構わず走り続ける。
一人が前へ踏み出そうとするが、もう一人が肩をぐいっとつかみ止めた。
やがて、ペンの音が止まる。書類を持ち上げ、見直し、引き出しにしまう。
「お待たせしました」
彼は立ち上がりそのまま男達のそばへ歩みより──近づいていって、銃身をぐいっとつかむ。
「そういう物騒なものはしまっといてくれると嬉しいですね。脅さなくても僕は君達に付き合ってあげますし、だいたいこんなものが脅しになるわけではないので」
銃身を掴まれた男は隣の男を見……隣の男が頷いたのを見て、彼の手を振り払うように銃を取り戻し懐にしまいこむ。
「さて、行きましょうか」
彼──アルフレッド・ジーリングはいつもの微笑を崩さぬまま、男達にそう告げた。
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