16
不思議だ。
全く変わらない日常でも、自分の心の中が変化すれば全く違う世界へと変わる。
変わらず優しい心地良い人達。なのに自分が少しでも疑いをもった瞬間、薄氷の上に立っているような気分に陥る。
いつもそんな事を考え続けている訳ではない。けれど、ふっと我に還った時、そこには一人で立っている自分がいる──
怖い。でも、言えない。
信じられないなんて、言えない。
「シズ。顔色悪いわね……大丈夫?」
エミリアの心配そうな顔に、私は笑顔で返す。
「うん。エミリアこそ……」
「有難う。みんなが心配してくれるおかげで、だいぶ具合がいいわ」
……心が不安定な今。エミリアの笑顔には救われる。
今まで起こった事は、全てエミリアに話をしていた。……正直、話すつもりはなかったのだけど。
「だめよ。そんな顔していてもわかるの。……私の娘なんだから」
そういわれるともう敵わなくて。時間の合間にぽつりぽつりと話をした。
エミリアは静かに私の話に耳を傾けてくれた。
私は、回答を求めなかった。
安易な答えはいらない。それは自分を抑える為の、一時的にだした結論だった。
信じられない自分とそれを責める自分で手一杯。答えがどのようになるにしろ自分が納得できなければ意味がない。
ならば時間をかけても、自分で答えをだそうと……決めた。
そして、エミリアも答えらしきものを語らなかった。
それは私の考えが通じたのか、それとも彼女自身の考えなのか分からなかったけど……
「ジンジャーは……どうしてギルドで仕事しているの?」
「私……ですか」
飲みかけていたりんごジュースをテーブルにおいて、ジンジャーが答えた。
ジンジャーはいつも何か食べてるか飲んでるかしている。……当人はいざというときの為の補給だというのだけど。
「……貸しがあります」
「『貸し』……? ギルドに?」
「いえ。……特佐に」
……何だか、すごく今嫌そうに言った気が。
「……ジンジャー?」
「シズさんには関係ない事なのに、こんな表情したらいけませんね」
「いや……それは別に構わないけど」
ジンジャーは少しの間、上を見上げて──言った。
「話は終戦直前にまでさかのぼってしまうのですけれど……聞きたいですか?」
長くなりそうだな。そう思ったものの。
「……ちょっと」
ついぞ見せたジンジャーの珍しく感情のこもった反応につられて、肯定する。
それにしても。戦前……ああ、アルは年齢二百歳は確実に越えてるんだから別におかしくないのか。
「当時私達は兵器として開発され、実戦投入間近でした。特佐と我々は敵対する立場にありました……いえ敵対とはまた違いますね。特佐は中立国にて防衛兵器の開発に当たっていたのですから」
エミリアの話を思い出しながら、私は頷いた。……と。
「我々?」
「──ああ」
ジンジャーが気がついたように言う。
「私は……今は一人ですが、当時同じように開発された私の仲間達がいたんです。我々は『Kitten』と呼ばれ……それぞれの役割を持った七体のチームでした」
……『Kitten(仔猫ちゃん達)』?
自らを兵器と名乗るジンジャー以上に、その名前はそぐわない。
「些細な事は省きますが、何度目かの実戦実験中に仲間の一人が、稼動実験を始めた中立国の防衛兵器と共鳴を起こし……結果世界は亀裂を刻み48に分割されました」
……フラグメンツ・カタストロフィ。
「結果戦争はなし崩しに終わり、ギルドが台頭する訳ですが……『Kitten』を含め、兵器として開発された実験動物達は本来消却される予定でした。……そうならなかったのは、特佐のおかげです」
「アルの……」
「ええ。……まだ実験段階だった動物達は、繁殖能力をわざと取り外されていたので……寿命を迎えるまでは生かしておいてもいいんじゃないか、という事にしてくれたのですよ」
「……」
「私達は人間には逆らえないような精神構造になっています。……ですから自主的に人間に反逆行為を起こす事もありませんし」
事もなげに淡々と語るジンジャー。
でも、ここまで聞く限りでは……美談風に聞こえるんだけど……さっきの反応は?
「前置きが長くなりましたね。……ともかく私達はチームを解体させられ、数十年のちエミリア様の後任で特佐について仕事をする事になったのですけど……」
「うん」
「正直……私には特佐は理解不能です」
「……」
「回りくどいですし、何を考えているのかわかりませんしそれに……」
「それに?」
「『好き勝手やってて構わない』と……いざとなれば敵に回ってくれても構わないと」
「……」
途惑った表情のままジンジャーは語り続ける。
「実質、私はギルドの上部から特佐の『監視役』としての任務を承ってます」
……監視役。
という事は……いざとなれば、ジンジャーもアルの敵に回る可能性がないとは言い切れないという事だろうか。
「あ、不安にさせましたか」
ジンジャーが私の顔を見て言う。
「大丈夫ですよ。承っただけですから」
……意味不明。承知した事が問題なんじゃないんだろうか?
「承ってますけど、依頼した人間達が私を信頼していませんから。そして私もギルド側の人間につく気はありません」
少し、安堵する。けれど。
ジンジャーの途惑いの表情は、晴れていない。
「……人間とは……いえ、人間に限らず生物にとっては、生き抜きたいと思うのは当然なのではありませんか?」
──ジンジャーが問う。
「特佐の許で仕事を遂行する事に特に不満はありません。理性が確立されている方ですし、命令も分かりやすく出してくれます。しかし……時々、自分にとって不利な事を自ら望んで招き寄せるような真似をします。先ほどの言葉のように」
「……」
「人の事については熱心な割に自分についてはどうでもいいと思ってる節があるような……そんな感触を受けます。……そして私は特佐の考えがそういう志向なのか、それともご自分の能力に絶対の自信をおいているのかが判断つきません」
流れる沈黙。
「……」
──長すぎる沈黙にふと顔を上げる。
ジンジャーの視線は窓の外を向いていた。
「……シズさん」
「はい」
「えーと……私、自分の鞄、もってきたのですけど……エミリア様の部屋に置いてきてしまいました。申し訳ないのですが、とってきていただいてもよろしいでしょうか」
「? ……うん、ちょっと待ってて」
珍しい……ジンジャーが、まず人に食事以外で頼みごとする事はないのに。
頭に疑問符を浮かべながらも、私は立ち上がり部屋を出た。
しかし、その疑問は解消される。
部屋から離れて数分後──大音量の爆音が家を揺るがした。
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