21

 血が服を染め上げていく。

 銃弾は完全に彼女の身体の中に留まっており──それゆえに至急の治療を要する。

 銃弾には鉛が含まれている。傷そのものが大きくなくとも、その毒素で人は簡単に死に至る。

 青年は少女の服に切れ目を入れ、摘出の準備を始めた。

 その頭に銃筒が当たる。

「……あとにしてもらえませんか」

 青年は刃物を火で焼きながら言った。

「この子はエミリアが我が子と思って大事にしているんです。……僕なんかの為に死なせる訳にはいかない」

「……どうすればよいと?」

 震える声で男性が呟く。

「自分が誤っているとは思えない。仮にそうだとしても私に残されている時間じゃ何ができるわけでもない」

「……そうですね。考えてください。よりよき道を」

 青年は返事する。その合間も、治療の手は動く。

 小さな破裂音。

 ぬる、とした液体の感触を感じて青年はようやく振り返った。

 途端に落ちてくる男性の身体。慌てて受けとめる。

「──何だ、今日は懐かしい顔ばっか見るなぁ」

 扉にもたれかかるように立つ小さな影。

「……」

 そこに立っていたのはシニカルな表情で嗤う、小柄な少年だった。


「……何てことを」

「へーぇ? この状況じゃ僕、あんたの命の恩人って言えるって思うんだけど」

 青年は、男性の身体を床に横たえ、呟くように答える。

「……彼に考える時間をあげたかった」

「相変わらず手間かけるよな、あんた」

 呆れたように言う少年。

「死は『無』だよ。無から有を作り出す事はまずできない」

 青年はまっすぐ少年を見た。そして、目を再び落として少女の治療を再び開始した。

「んー、でも僕、最終的にはそいつの始末も頼まれてたしね」

「いつからそんなに人間のいう事を律儀に聞くようになったんですか、貴方は」

「いーじゃんそんなの。七割も死んだってのに、人間まだ滅びないんだからさー。一人や二人死んだからってどーって事ないよ」

 青年の手がしばらく止まる。──が、再びその手は銃弾の摘出のために動き出した。

「……生きてたんですね」

「あいつと同じ事言うね」

「……あいつ?」

「ジンジャー」

「……まさか」

 表情を険しくした青年に、少年はあっけらかんと言った。

「そーそ、僕失敗しちゃって」

 腕を頭の後ろで組む少年。

「あいつに武器渡さない状態で闘っちゃったんだよね。最初っから武器持ってればもーちょっと楽しめたのに」

「……ジンジャーは?」

「体力切れじゃない? せっかくだから愉しみはとっておく事にした」

 ほ、と溜息をつく青年。

 銃弾の摘出が完了したことと──ジンジャーがまだ生きているという事実により。

「……で? 次は僕ですか」

「んーー」

 心持ち上を向いて考え込む少年。

「やめとく。お前死なないし」

「……それは助かりますね」

「一応勝算なくはないけど、必死になるの嫌だし。やっぱり相手が全力の処で軽くひねるってのじゃないと意味ない」

「……変わりませんね」

「変わる必要ないよ、こーいう僕を人間達も必要としてる訳だしさ」

「……本来なら君をもう一度眠らせるべきなのでしょうけど……優先すべき事がありますからまた今度にしましょう」

「うん。僕ももう帰る時間だし。じゃ、ね」

 少年は姿を消した。

 青年は少女の身体を抱きかかえ──静かに歩いていった。


 ……ぼんやりと瞼を開く。

 薄暗い部屋。閉められたカーテンの隙間から零れる光で、今が昼の時刻と知る。

 軽く身体を動かそうとして──肩に痛みを感じて諦める。

 天井を見上げながら、記憶の整理を始める。

 そうだ、肩、撃たれたんだ。そりゃ痛いよね。

 他人事のようにぼんやり考え──そっと肩の傷に手のひらを添える。

 服の下に、包帯の感触。

 アルは戻ってきてる?

 ……エミリアに、会えてる?


 静かに扉が開く。

 身体を動かせないので、視線だけ扉のほうへ向ける。……ジンジャーだ。

「……気が付かれましたか」

「いまさっき」

 かすれ声で返事をする。……そっか、口の中の水分が足りないんだ。

「水を持ってきましょう。起きられますか?」

「ちょっと難しそう」

「でしょうね。鎖骨にひびが入ってますから」

 ……そりゃ、力入れたら痛い筈だ。

「先に起こしましょう」

 そういうと、ジンジャーはひょいっと私の身体を抱きかかえて、ベッドの背にもたれかかるような形で座らせてくれた。

「……」

 一瞬びっくりしたけど、あのアタッシェケースの事を思い出して納得する。

「……あの……アル、は?」

 扉の外に出ようとするジンジャーの背中に問う。

「いますよ。エミリア様のそばにいらっしゃいます」

 振り返り答えるジンジャー。

 その口許は、相変わらず堅く結ばれていたけれど……何となく微笑んでいるように思えた。


 青年はベッドの傍らに腰掛け、眠りつづける女性を見つめていた。

 同じように時を刻みながら、歳を重ねていく彼女と、まったく変わらない自分。


 あの砂が舞う町で。あのまま朽ち果てようと思っていた。

 身体がすぐに滅びないのなら、心を殺して──世界の片隅でいつか無に還るまで沈黙していればいいと思った。


 だけど。君は僕を見つけ出した。

 大罪を犯した僕に、贖罪の機会を与えた。

 そして。……僕とともに歩きたいと言ってくれた。


 それはとうに諦めていたもの。


 ──君と共に歳を刻めないこの身体を何度呪った事だろう。

 けれど、この身体にならなければ、君と出会う事はなかった。

 そして……もうただうずくまっている訳にはいかないから。

「……エミリア」

 ただ静かに、その名を呼ぶ。

 ひたすら、感謝の念をこめて。

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