22
「シズ!」
勢いよく開く扉。
マーティンが息を切らせて立っていた。
ジンジャーが立って静かに頭を下げる。マーティンが頭を下げると彼女は開いた扉から静かに出て行った。
「怪我したって……」
「大丈夫……それより、走ってきたの?」
歩く事は慣れてきたものの、走るなんてとても難しい状態だったのに。
「あ……」
軽い驚きの表情を浮かべたあと、マーティンは真顔に戻って傍らのさっきまでジンジャーが座っていた椅子に座り込んだ。
「慌ててたから……本当に大丈夫なの?」
「うん……身体は動かせないけど、じっとしてる分には」
「そうか……」
そういうと、マーティンは深く息を吐いた。
「うん……心配させて御免ね」
「……」
申し訳なかった。
マーティンには、今朝『「エミリアの看病に行ってくる』と言ったきりだったのだ。
「……手、つないでも平気?」
「? ……うん」
マーティンがおずおずと、私の手に触れる。
「電話くれたお医者さんが、鎖骨にひびが入ってるって……」
……あぁ、そうか。って……お医者さん?
「お義母さんのそばにいたよ。眼鏡をかけた、若い……同じ人だと思うけど」
そうだった。彼に、アルについて話した事はあるけど、それは『幼い頃に命を助けてくれた人』であって──だからエミリアのそばに座っていた彼を見てその人だとは思わないだろう。
あとでまとめて話そう。信じてくれるかは別として。
「エミリアはまだ眠ってるのかしら……」
何気なく呟いた言葉にマーティンが言葉を返す。
「起きてたよ」
……!
「エミリア、目、覚めたの?」
マーティンの言葉に思わず大声で反応してしまい──肩が痛んで自分で自分の身体を抱える。
「シズ……!」
「御免、思わず……ね、エミリア起きてるの?」
「うん……俺、お義母さんの部屋、間違えてノックしちゃって……そのとき、お義母さんが横になったままだけど確かに俺の顔見て『あら、お久し振りね』って言ったよ」
小さく扉を叩く音がして、静かに扉が開いた。
小さい吸飲みとボトルの水を持って、ジンジャーが入ってきた。
「お邪魔して御免なさい。水だけ持ってきました」
サイドテーブルへお盆ごとそれを置き、部屋を去ろうとする彼女に尋ねる。
「先ほど訪ねた際は意識を取り戻していらっしゃいました。……特佐が到着して今しばらくのちに目が覚めたそうです」
そう……か。間にあったんだ。
「それでは」
ジンジャーが静かに扉を閉めて去る。
マーティンが吸飲みに水を注いで渡してくれる。
有難う、と言って吸飲みに口をつけた。
「──何も聞かないのね」
ぽつっと言う。どうして? と言外に疑問を乗せて。
「……待ってるんだよ」
静かに答えるマーティン。感情を抑えこむように。
「言っておくけどね、シズ。俺、今回は怒ってるからね」
「うん」
さっきから感じてた。ずっと何か言いたげな雰囲気。
「……でも、今はそれどころじゃないみたいだから……お義母さんの事も大変だし」
マーティンの大きい手が私の頭の上に乗る。
有難かった。
そう、彼は何も変わってなかった。大切な人、必要な人という事も変わっていない。
だから、あとは私次第だった。
「……じゃ、行こうか」
「え?」
この『じゃ』が何処から繋がっているのか、何処へ繋がるのか理解できず、私は素っ頓狂な返事を返す。
「お義母さんに会いたいんだろう?」
「──うん……でも」
アルとの時間を邪魔したくない。
「それにね……みんな、来てるんだ」
「みんな?」
「シズの、家族」
家族……まさか。
「だって……みんな場所もばらばらで、かなり遠くに住んでる子もいて」
「でも……お母さんに会う為に、来てるんだよ」
それは……嬉しいけれど悲しい。
悲しいけれど──嬉しい。
私の知らない人もいるだろう。
けれど……血を分けあっていなくとも、私達は皆彼女を母親と思う子供達。
「ジンジャーさん……だっけ? 彼女が言ってた。シズが頑張ってくれたから、皆間に合ったって」
……ジンジャー。
「──それは違うよ」
ジンジャーがいなければ、私がいくら頑張ったって、無理だった。
「でも、シズは頑張ったんだろう? ……そして実際、お義母さんは助かったんだろう」
「うん……」
「だから俺、今は怒らない」
「……」
「約束して。後で話すって」
「……うん」
私はそのあと、少しだけ泣いて──マーティンにエミリアの部屋へ連れて行ってもらった。
「シズ!」
扉を開いた瞬間、シャロンが立ち上がって私の名を呼んだ。
うわ。圧倒される人数。
よくもまぁこれだけの人が集まったものだ。
「部屋に入りきらなくてね……別の部屋で待ってもらっている人もいるの」
うん。そんな感じ。
「ちょっと誤算だったわ……連絡つく限り片っ端から電話とか電報かけたんだけど、皆自分の奥さんとか旦那さん、子供、はたまた孫まで連れてくるんだもの」
そんな事をいいながら、シャロンの顔は微笑んでいる。
だってそれは、嬉しい誤算だから。
「シズはどうする?」
「……あとでいい。まだご挨拶できてない方もいるのでしょ」
「うん、わかった」
私が寝ていた間、シャロン達に全部任せっきりになってたんだ。
それはある程度仕方ない事とはいえ──ちょっと申し訳なかった。
「あぁ、気にしないで。名誉の負傷って奴でしょ」
そんな私の表情を読んだのか、シャロンが微笑んでいう。
「じゃ旦那さん、あとで御飯持っていってあげるから、シズよろしく」
「すいません」
二人のやりとりを聞きながら、私はエミリアの方を見た。
──エミリアと視線が合い……彼女が笑顔を返してくれた。
マーティンに抱えられたまま廊下に出ると……ジンジャーが待っていた。
「特佐からご伝言です」
……伝言?
「『有難う』……と」
て事は。
「アル、帰っちゃったの?」
「次の任務に向かわれました」
「──どうして」
私の問いに、ジンジャーはちょっと困ったような表情で答えた。
「『伝えたい事は、もう全部言えたから』……だそうです」
「でも……」
「『彼女の願いを叶える為、最善の努力をするのが僕に課した彼女への約束だから』との事でした」
……アル。
それだけじゃない。少ない残された時間を、私達子供に譲ってくれたのだ。──きっと。
思わず、苦笑が零れる。
「いやだな、もう」
そんな私をジンジャーがきょとっとした表情で見て──そして、微笑んだ。
「私も、戻らねばなりません。……特佐のサポートが私の本来の業務ですから」
「うん。……アルを、よろしくね」
「えぇ。手のかかる人ですが善処しましょう。──シズ」
「……?」
「有難うございました」
「何が?」
その感謝の言葉の意図がわからず……私は問い返した。
「以前私は、『特佐の考えがわからない』と貴方に問いました……けれど貴方の行動を見て、うまく説明はできませんがその問いの回答を少し得たような気がします」
「……」
「今度──いつになるか分かりませんが、ひとまず再会を約束させてください」
「……うん」
何となくジンジャーの前に、小指を差し出してみる。
子供っぽいな、とは思ったけど……何だか今の気分に一番沿っている気がして。
ジンジャーは、ちょっとはにかむように……軽く小指を絡め、その後会釈を私とマーティンに返し、退出していった。
その夜。
私はエミリアのそばにずっと座っていた。
言葉少なに、他愛ない会話を交わした。
そして──最後に「お休みなさい」の言葉を交わしたあと──彼女は永遠の眠りに就いた。
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