イスラム勢力特別担当班
アフリカ大陸、某所。
色とりどりのヒジャーブを纏った人種も疎らな女性達がヴィナ・ガイストと導師イムラーンの食卓の周囲を回り、給仕を務めている。ここの女性達はヒジャーブの着用を義務付けられ、ヴィナも例外ではない。ヴィナは薄手の布を目深に被り直す。
|祖国(アワ・マジェスティ)の外交調査局イスラム勢力特別担当班とは名ばかりで、ここは2Lとの
「アメリカ合衆国で起こった大統領拉致事件で、拉致の首謀者は核ミサイルの発射指令装置も盗み出した。そして、中東の都市をいくつも吹っ飛ばした。アメリカ合衆国はこの事件を未然に防げなかったことと、核ミサイルが発射されたことをただちに標的国に知らせなかったことで国際社会から爪弾きにされた。これはアメリカ合衆国が長い内戦に突入するきっかけになった。
合衆国政府は犯人の過激派団体を血眼になって捜した。全ての罪を被せるためだ。だが、それはうまくいかなかった。国民は過激派に出し抜かれた合衆国政府を信用しなくなり、打倒政府を掲げた。政府に犯人捜しをする余裕を与えなかった。頻発するクーデターや暴動に対処するため、合衆国政府は軍隊を動員することになった。対抗した反政府組織は団結して自前の軍隊を作り、北アメリカ大陸全土を戦場にして戦った。その後、ロッキー山脈での大地震や大型ハリケーンなどの災害が起こり、内戦どころではなくなっていくまで、各地での戦闘行為は続いた。そこへ、金を持って疎開していたユダヤ人資本家達が支援に戻ってきた。郷土愛に焦がれて戻ってきたのだと嘯いて、ユダヤ人資本家達はあっという間に国民からの支持を獲得した。その時からアメリカ合衆国は
ユダヤ人資本家達は2L政府を樹立した。それはある意味、アメリカ合衆国に対する無血クーデターを成功させたことと同じだ。それに気付いた国民はいなかった。2L政府はゲリラ戦以外に能力を持たない元反乱軍の兵士達を西海岸に集めて工場や農場で勤務させた。東海岸では精密兵器の扱いや外交などにも詳しい元アメリカ合衆国政府軍の兵士達に引き続き国防にあたらせ、その家族を中心に、多くの国民に2L国民として相応しい教育を受けさせた。東西の格差は見る間に広がっていき、現在のような西海岸で暴動が起こっても東海岸は傍観するのみという構図が出来上がった」
ヴィナは導師イムラーンの話を黙って聞いていた。ここまでの歴史は
「この状況は自然発生したものなのか。それは違う。全てユダヤ人資本家達によって仕組まれていた百年単位の大計画だった。
初めの大統領拉致事件を起こした犯人は誰だったのか、アメリカ合衆国に突き止めることはできなかった。事件は闇に葬られ、悲劇として語られている。だが、2L国民には知らされていない事実がここには存在している。
核ミサイルによって、インド北西部やチベットなどからアラビア半島、エジプト北部までが今でも核汚染地域に指定されている。聖地イェルサレムも指定圏内で、今では誰も巡礼することはできない。国際社会は、イェルサレムは核汚染されただけで嘆きの壁も聖墳墓教会も岩のドームも残っていると思っている。だが、実際には、核ミサイルはイェルサレムにも落とされた。聖地だった痕跡はどこにも残っていない」
「あなたはどうして知っているのですか」
ヴィナには導師イムラーンがわざと質問をする間を取ったように感じられた。会話の主導権は完全に導師イムラーンのものだった。自分の発言までコントロールされている。
「犠牲者の子孫が俺達のルーツだからだ。核汚染地域となった国から追い出された人達はアフリカに移住して細々とした生活を送った。目の前で聖地が焼かれたが、その真意もわからず、子孫に無念を託して死んでいったんだ。
大統領を拉致し、核ミサイルを落としたのはユダヤ人資本家達だ。彼らが自分の手を汚したわけではないが、事件の首謀者だった。当時、アメリカ合衆国はイスラエルと友好関係にあり、パレスチナ人達と敵対関係にあった。イスラム勢力がイスラエル情勢を持ち出してテロを行ったと聞いたアメリカ合衆国国民のユダヤ人資本家達は、イスラエル国民のユダヤ人を見捨てることにした。アメリカ合衆国からイスラエルへの支援を打ち切るとはっきり言ってしまうこともできたが、ユダヤ人資本家達は敵役に回ることを嫌った。そのため、闇組織のハッカーや軍隊上がりの無職の人間を雇って大統領拉致事件を起こさせた。
イスラエルを核汚染地域にするには、近くの都市に核ミサイルを落としただけでは足りなかった。イェルサレムに直接落とす方が確実だった。ユダヤ人資本家達の間にも葛藤はあったらしい。だが、聖地巡礼に行く予定がなかったやつらは決断した。
お前、俺と初めて会った時、何か違和感を感じなかったか」
ヴィナはすぐに自分が質問されたと気付かなかった。
「俺の目や顔立ちを見て、違和感はなかったか」
イスラム教徒の男性の衣装だというカンドゥーラを着ているが、顔はユダヤ人の特徴を持っている謎の男、というのがヴィナの導師イムラーンに対する第一印象だった。
「違和感と言いますでしょうか、その……」
言葉に詰まっていると、導師イムラーンは自ら語った。
「俺はアラブ人とユダヤ人との間に生まれた
兄と俺が初めて会ったのは一五歳の時だ。同じ時期に初等教育を終え、統治コンピュータ《アワ・マジェスティ》に面会を依頼した。それまでは出生登録簿で名前を見たことがあるだけだった。兄はスタリ・シビリの教育機関で育ち、観光客用のカジノで働き始めていた。アラブ人と同化しようとした俺よりずっとユダヤ人らしい振る舞い方で、汚い金の臭いがした。
兄は三〇歳の時に2Lに移民した。俺は思いとどまるように何度も言ったが、兄は聞かなかった。それどころか、あいつは俺達の先祖を苦しめた、2Lのユダヤ人資本家達と繋がり、金にものを言わせる生活を自分で望んだんだ。
ヴィナ、俺達の今回の任務は
導師イムラーンは言いながら、仕事の顔から兄弟喧嘩中の男子の顔になっていた。
ヴィナは電磁波ミサイル発射阻止の作戦の要となったヤスミーンという女性と会った時のことを思い出した。ゲルマン人の血が混じっており、見た目はかなりヨーロッパ系の白人に近かったらしいが、よりアラブ人らしさを隠すため整形もしたらしい。
「どうしてご兄弟は2Lに行かれたのでしょう」
「知るか、そんなもん」
ヴィナは質問内容を間違えたと思った。今、質問するべき事柄は他の何かだ。ヴィナは頭を回転させ、今までの話の内容を思い返した。
「イェルサレムがもうないという根拠は」
導師イムラーンは黒人の女性に紙の資料を持ってこさせた。それはヴィナが今まで見たことのない写真だった。青や緑、茶色や白のインクが何かを形作っている。
「イェルサレム上空の衛星写真だ」
「上空……」
ヴィナは資料の二枚目を見た。白地図だが、一枚目と同じ場所が描かれていると気付くのに時間を要した。白地図には等高線のようなものが描かれており、山だと思った。しかし、そこに書かれた数字が中心に向けて小さくなっていくのを見て、ヴィナはそれが山ではなく、巨大な穴だと理解した。
「イェルサレムは今やただの大穴だ。もう何も残っちゃいない」
「なぜ、こんなことがわかるのですか。誰も行ったことがないのに」
ヴィナは率直に疑問をぶつけた。導師イムラーンは得意げになって話した。
「人工衛星って知ってるか。昔は沢山宇宙に打ち上げられて、地球の周りを回っていたが、宇宙開発なんてやってる場合じゃなくなった今はその技術も廃れて名前を知っているものさえ数少ない。俺達はアフリカ各地やインドネシアの技術者を集結させて人工衛星を再現することに成功した。これは俺達イスラム勢力特別担当班の切り札だ。この人工衛星にはカメラだけじゃない、戦闘に使える機能も多く搭載されている」
「こんな技術をどうして持っていたのですか」
ヴィナは信じられない、という表情を作った。導師イムラーンの早口の説明を全部理解したわけではないが、宇宙に
「
コンステラチオという名前にヴィナは心当たりがあった。統治コンピュータ《アワ・マジェスティ》に反抗しようとした一家の苗字だ。彼らは統治コンピュータ《アワ・マジェスティ》の更新プログラムの犠牲になった。その祖父だか曽祖父(祖母か曽祖母かもしれない)だかにあたる人間の遺した功績が
「宇宙に人工物が浮かんでいるって、想像できるものじゃないだろう。俺も打ち上げに立ち会うまではそうだった。しかし、光の塊になって、飛行機雲を残しながら空を突き抜けて見えなくなっていくロケットを見た時から、俺の世界は変わった。どこにいても俺達は世界と繋がっているんだと感じた」
今、空を見上げても人工衛星は見えない。夜空ならもしかしたら星に紛れて見えるのかもしれない。アマテラスは日本の太陽の神様だ。彼が作ったものが日中は見えず、夜にしか姿を現さないだなんて、皮肉なものだとヴィナは思った。
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