第五章 決着
混戦
人型兵器全機が一斉に行動を停止したのは不知火が国境に到着してすぐだった。怯えた顔で人型兵器から飛び出してくるパイロット達が見えた。
「今度は何があった」
無線から伊藤の声が聞こえてくる。人型兵器は周囲に人がいなくなったことを確かめると、ゆっくりと動き出し、大北京側を正面にして止まった。
*
同時刻、クルドの暗号無線にレイからの通信が入った。
「クルドさん、カンです。今まで
電磁波ミサイルが
「どういうわけか、
電磁波の影響を直接受けた
「ファイレンノーヴァ支局の子機がメインシステムの代わりをしているということか」
「そうかもしれないです。何もしていないのにいきなり動き出したと話しているので、僕にもよくわかりません」
「クルドさんはネオペターバーグ陸軍基地に来てください。
無線からほぼ同時に全員の返事が聞こえてきた。
*
「クロエ、運転を替われ」
不知火が後部座席の下から機関銃を取り出す。数回構えて体に合うように微調整すると、マガジンを装填した。
「ここからは松原が運転する。お前は俺と一緒に車の護衛だ」
クロエは助手席で鎖に縛られているこの車の元運転手松原の顔を見た。怯えた目を逸らして、後ろの不知火に何事が訴えようとするが、猿轡を噛まされた状態では何を言っているのかわからない。前方には統治コンピュータに乗っ取られた人型兵器と北方新国の軍隊員がいる。
「こいつに運転させて平気なのかよ」
バックミラーからは不知火の自信がありそうな目が見える。
「運転中に後ろからお前に襲われた時は小便ちびらせたかもしれないが、
不知火は椅子の向こうから手を伸ばして松原の鎖と猿轡を外した。
「先輩、こんなやつらと協力するなんて、俺、嫌ですよ」
「お前はアクセルを全開に踏み込むだけでいい」
窓を開けて腕をルーフに伸ばし、続ける。
「ネオペターバーグで一番近場の統治コンピュータの子機がありそうな家屋を目指す。基地でも民家でも何でもいい。人型兵器は小さい的を狙うのは苦手だ。北方新国の兵隊は俺達が片づける。ビーム砲を出す兵器にロックオンされる隙を与えるな。一気に突っ込め」
不知火の最後の言葉を合図に、不知火とクロエが同時に窓からルーフに飛び移り、構えた。松原は悲鳴を上げながら助手席から運転席に移りハンドルを握った。
急加速する車の真上で不知火とクロエは振り落とされないよう体を固定した。不知火は先程取り出した機関銃で左側に群がる北方新国の兵隊達に威嚇攻撃し、クロエはその反対で、両腕に搭載された機関銃を露わにし、射撃した。
*
伊藤は電磁波ミサイルが不発し、人型兵器が再度乗っ取られた場合の代替案で遠隔操作式人型兵器を召集していた。一時的に活動停止した統治コンピュータが再起動し、三機の人型兵器が敵側に回った今、まともに相手が出来る兵器は遠隔操作式人型兵器のみだった。
遠隔操作式人型兵器は三種類ある。パイロットが搭乗して操縦する人型兵器と同じ鋼鉄でできた外殻が剥き出しの大型のもの、二メートル弱で外殻が剥き出しの小型のもの、そして完田了が製作したヒューマノイドの外見をした人間と全く同じ姿のもの。外殻が剥き出しのものは一体となったパイロットにも好戦的な性格を植え付ける傾向が強く、意識を取り込まれる事故が起きた当初、反乱を起こした遠隔操作式人型兵器のパイロット達もこのタイプだった。アリトシに反抗せず勤務を継続している外殻剥き出しの遠隔操作式人型兵器が作戦に加わるのは、今回が事故後初だった。
大型の人型兵器同士が戦っている映像がアップにされる。パイロットをなくした人型兵器の動きは緩慢で、統治コンピュータによる操縦は素人染みていた。伊藤は大型の遠隔操作式人型兵器が乗っ取られた人型兵器を抑え込み、その隙に小型の遠隔操作式人型兵器が背中によじ登り緊急停止ボタンを押すように命令した。それしか方法はなかった。それが成功すれば、後は歩兵の掃討作戦のみで片づく。
同時進行で統治コンピュータ本体に対する攻撃作戦も始まっている。電磁波ミサイルはネオペターバーグの隣、ガリアヌーヴェルの公民館に向けて発射される予定だ。前回、ガリアヌーヴェル上空を通過中にいくつも迎撃された。残りの迎撃ミサイルの数が少ないはずのガリアヌーヴェルなら、電磁波ミサイルが迎撃されない可能性も高い。
それでも統治コンピュータを完全停止させることができなかった場合の案として、不知火と完田了が用意されている。コンピュータと会話ができるというヒューマノイドを統治コンピュータと引き合わせて、統治コンピュータがどのようにして復活したのかを調べてもらう。本当にヒューマノイドが統治コンピュータと話すことができるのか疑問はあるが、最悪の場合それに頼るしかない。
*
クロエの体から発する重低音が車体を伝わり、自分の体にも響いているのがわかる。体の中に埋め込まれた機関銃の発射音は不知火が構えている機関銃とは違って聞こえた。
「白い筒を持っている兵隊を狙え」
「あの変なやつか」
「ビーム砲が直撃したらどうなるかわからないぞ」
窓から顔を出した完田がクロエに向かって叫ぶ。
「クロエ、上書きしろ」
「この状態でかよ」
「いいから、しろ」
完田はノートパソコンの液晶画面に目を戻して、操作をした。隣にいるクロエが小声で何か呟くのが聞こえる。
「何だ、今のは」
「アタシの記憶データを上書きしたのさ」
「上書きだと」
クロエの守る方角からビーム砲が遅れて発射され、車の通ったすぐ後ろを通り過ぎていった。
「気をつけろと言っただろ」
「了様のせいだ」
「言い訳するな。次は気をつけろ」
「危なっ」
クロエが上体を起こしたと思った瞬間、目の前を閃光が走った。不知火を庇ったクロエの左腕がビーム砲に焼かれ吹き飛んだ。光が収まると、クロエの左肘から配線コードや金属の構造物が飛び出ているのが目に飛び込んできた。
「何してるんだ」
「ちょっとしくじっただけだ」
クロエは片腕だけになった機関銃で左腕を焼き払った白い筒を持った兵隊を滅多撃ちにした。
「これでいいか」
「弾の消費を少なくしろ」
「ちぇ、文句ばっか」
戦場で車を走らせる松原の勢いに乗った声が飛んできた。
「皆さん、身構えてください。飛びますよ」
不知火とクロエは身を低くして車体にぴたりとくっついた。車内では完田とユキトがシートベルトを掴んでいる。
時速二五〇キロメートルで走行する車は下り坂で浮き上がり、兵隊達の追随を振り切って眼下の陸軍基地に入っていった。
転げ落ちるようにルーフを降りた不知火とクロエはマガジンを交換しながら基地の建物に向かって広い基地内を走り抜けた。松原が完田とユキトを護衛しながら続く。
クロエの耳に搭載されているレーダーが基地内に残っている北方新国の兵隊の気配を感じ取り警報を鳴らす。敵の人数を確認した不知火とクロエは手近な部屋の一つに入り中にいた兵隊達を片づけると、立て籠もる準備をした。
統治コンピュータと思しき機械を発見したユキトが椅子に座り何かを始めようとした。不知火はユキトがどのようにしてコンピュータと会話するのか興味があった。
「伊藤さん、基地内に侵入した。統治コンピュータとの交信を始めたい。許可をくれ」
伊藤の返事はノーだった。
*
初めて見るタイプの映像に伊藤は考える力を失っていた。
虹色の曲線で外見が描かれているがそれは紛れもなく、本社ビルのある海底要塞
「海底を自由に動き回るこの馬鹿でかい巻貝はどう見ても人工物だ。こんなものを所有している国は世界で唯一の海上帝国、アリトシだけだと推測する。今までどこにも見つからなかった本社ビルは、この中にあるってことだよな」
図星だった。映像を送信している人物は北方新国の政府関係者と名乗った。本社を攻撃されたくなければ武装解除しろ、とでも言うのだろう。
「この巻貝は既に俺達によって捕捉されている。海底だろうと何だろうと攻撃可能だ」
一体どうやって
「え、どうするんだ。さっさと決めないとミサイルぶち込むぞ、この野郎」
政府関係者にしては随分と汚い言葉使いだな。伊藤は少し待ってほしいとだけ伝えて、不知火に発信した。
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