2Lのユダヤ勢力

 真っ赤な絨毯、黒光りのするテーブル、並べられたカラフルなトランプと大量のチップ。オートクチュールでぱりっとのりのきいたスーツを着た男達、胸を強調したデザインのイブニングドレスを来た女達、いじらしい表情でチップを移動させるディーラー達。

 2Lの東側に集結している富の象徴ともいえるカジノは、今夜も大盛況だった。ずらりと並んだテーブルで思い思いのギャンブルに興じる富豪達がさらなる富を求めて目をぎらつかせている。

「アレハンドロ、酒を持ってこい」

 その中に、一際大声で叫び、豪快に大金を賭けまくる男がいた。太鼓腹を灰色のストライプの入ったスーツで包み、葉巻を吸っているその男はローガンという通り名で呼ばれている。アレハンドロと呼ばれた男も本名ではない。

 アレハンドロは銀のトレーにワイングラスを複数載せた小間使いからグラスを一つ受け取り、それと紙切れをセットでローガンのテーブルに置いた。ローガンはその紙切れに書かれた文字を読むと、すぐにそれを葉巻の火で燃やした。

「お前は何もしないでいい。黙って見ていろ」

 その言葉は誰に向けられたものだったのか、同じテーブルでギャンブルに興じる者達にはわからなかった。アレハンドロは心得たようにローガンの後ろに立っている。ローガンが指示をしなくても、ギャンブルを始めてからずっとアレハンドロは何もせずギャンブルを見つめている。

「どうだトオル。ここは面白いだろ。今日は俺が奢ってやるから次はお前も自分の金を賭けろ。ここでゲームに勝つだけでお前が一ヶ月に稼ぐ金の何倍もの金額を手に入れることができるんだぞ。やらないわけにはいかないじゃねえか」

 トオルと呼ばれた男はトランプとローガンを交互に見て、力なく笑った。ローガンはトオルに耳打ちする。

「お前も元祖国民アワ・マジェスティだとバレたら厄介なことになるってわかってるだろ。できる限り金を豪勢に使うところを見せて、祖国民アワ・マジェスティじゃありませんって顔をしてなきゃな」

 ローガンはギャンブルで勝つための秘伝の技を教えたのだと周囲に言って、注目を集めている。トオル・イシダは少しでも自分に視線が集まらないようにしたかった。

 イシダは三〇年前、祖国アワ・マジェスティに外貨を持ち込むための出稼ぎとして、2Lに移民した。だが、彼が2Lでの生活に慣れてきた頃、2Lと祖国アワ・マジェスティは戦争に突入していった。2Lでの商売が軌道に乗ったイシダは祖国アワ・マジェスティに帰るわけにもいかず、長いこと2Lでの商売に勤しんできた。自身も老年に差し掛かり、2Lで一生を過ごすか、祖国アワ・マジェスティに移民し直すか腹を決めなければならないところだった。だが、2Lと祖国アワ・マジェスティの戦争が激化し、一緒に移民した部下達を残して祖国アワ・マジェスティに帰ると部下達の安全を脅かすことになりかねないことになり、出自を隠して2Lで生きていく道を選んだのだった。

 その第一歩として、同じ元祖国民アワ・マジェスティで、2L国内で実権を握っているユダヤ人資本家の一人ローガンと行動を共にし、2L国民らしい生活を学んでいるのだ。

 ローガンによると、2Lで富を手にした者はその富を一生の内に2L国内で使い切らなければならないらしい。子どもがいれば別だが、イシダには妻子がいなかった。

「アレハンドロ、チップを換金してこい」

 深夜二時を回った頃、ローガンもようやく重い腰を上げ、帰る支度をした。アレハンドロは機敏な動きでチップの換金所へ行き、現金を手にして戻ってきた。

「今日はこんなもんか。まあいい。がっつりもらうのは後でだ」

 ローガンはイシダの肩を叩いて、出入口へ向かった。アレハンドロがイシダの後ろに付き、三人は真っ赤な2L国産の高級車に乗り込んだ。

「アレハンドロ、お前の仕事はこれからだ。明日の朝はゴミの収集がある。先に片付けておけ」

 イシダは、部下を寝かせないつもりなのか、とぎょっとしたが、アレハンドロは無言で頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る