いってらっしゃい
頭に包帯を巻いている姿を見て、伊藤は胸の奥がきりきり痛むのを感じた。
「伊藤くん、来てくれたの」
川越は小さい声で伊藤を呼んだ。頭と背中にガラスの破片が刺さったということだったが、内臓や脳に異常はなかったらしい。ただ、傷痕を消すための手術をこれから数回受けるので、入院は長引くということだった。
「由樫さん、ああ、よかった。具合はどうですか」
「麻酔が効いているから痛みはないよ」
伊藤はベッドの横にある丸椅子に腰かけ、川越の手を握った。
「僕はこれから作戦本部の北京に行きます。そこも安全ではないけれど、必ず戻ってきますから心配しないでください」
川越は伊藤の真剣な眼差しに射竦められ、頬を赤く染める。自分の手を握る伊藤の手が、自分より骨ばっていて大きく、安定感があるように思った。
「ありがとう。私も大丈夫だからね」
長いこと、伊藤と川越は見詰め合っていた。止まった時間を再び動かしたのは、同じ部屋の中から聞こえてきた声だった。
「あつあつだねえ、お二人さん」
伊藤は声の主が寝ている相部屋のベッドを見た。
「何で東城が由樫さんと相部屋なんだよ」
「仕方ないだろ、被害が少なかったとはいえ、病室の数より患者の数が多かったんだから」
佐伯東城は伊藤の同期でアリトシ
「普通、男と女は別の部屋だろ」
「心配しなくても、この状態じゃ手出せねえよ」
佐伯は爆発に近くで巻き込まれたらしく、全身を火傷、右足を骨折していた。すぐに意識を取り戻したことでさえ奇跡と言われていたが、全身に包帯が巻かれ、右足をギプスで固定し吊り下げられている有様だった。
「伊豆が
伊藤は、佐伯の怪我自慢を余所に、潜水艦空母
「由樫さん、僕はそろそろ行きます」
「いってらっしゃい」
川越は、いつも私が送り出されるのにね、と言って笑顔で伊藤を見送った。伊藤は扉が閉まりきるまで川越から目を離さなかった。もう二度と見ることができないかもしれない、と一瞬考え、縁起の悪いことを考えるべきでないと思い直した。
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