いってらっしゃい

 頭に包帯を巻いている姿を見て、伊藤は胸の奥がきりきり痛むのを感じた。

「伊藤くん、来てくれたの」

 川越は小さい声で伊藤を呼んだ。頭と背中にガラスの破片が刺さったということだったが、内臓や脳に異常はなかったらしい。ただ、傷痕を消すための手術をこれから数回受けるので、入院は長引くということだった。

「由樫さん、ああ、よかった。具合はどうですか」

「麻酔が効いているから痛みはないよ」

 伊藤はベッドの横にある丸椅子に腰かけ、川越の手を握った。

「僕はこれから作戦本部の北京に行きます。そこも安全ではないけれど、必ず戻ってきますから心配しないでください」

 川越は伊藤の真剣な眼差しに射竦められ、頬を赤く染める。自分の手を握る伊藤の手が、自分より骨ばっていて大きく、安定感があるように思った。

「ありがとう。私も大丈夫だからね」

 長いこと、伊藤と川越は見詰め合っていた。止まった時間を再び動かしたのは、同じ部屋の中から聞こえてきた声だった。

「あつあつだねえ、お二人さん」

 伊藤は声の主が寝ている相部屋のベッドを見た。

「何で東城が由樫さんと相部屋なんだよ」

「仕方ないだろ、被害が少なかったとはいえ、病室の数より患者の数が多かったんだから」

 佐伯東城は伊藤の同期でアリトシ設計メカニックデザイン課に入社した、伊藤と川越の同僚だ。真理が艦長を務めた潜水艦空母白鯨モービィディック設計メカニックデザインし、後にそれを空中戦艦破壊神バルスに改造した設計者メカニックデザイナーだ。

「普通、男と女は別の部屋だろ」

「心配しなくても、この状態じゃ手出せねえよ」

 佐伯は爆発に近くで巻き込まれたらしく、全身を火傷、右足を骨折していた。すぐに意識を取り戻したことでさえ奇跡と言われていたが、全身に包帯が巻かれ、右足をギプスで固定し吊り下げられている有様だった。

「伊豆が白鯨モービィディックから落ちて怪我した時より酷いらしいぜ」

 伊藤は、佐伯の怪我自慢を余所に、潜水艦空母巨鯨リヴァイアサンの出航時刻を確認した。自分を大北京に送る巨鯨リヴァイアサンも佐伯の設計メカニックデザインしたものだと思うと、悔しい。

「由樫さん、僕はそろそろ行きます」

「いってらっしゃい」

 川越は、いつも私が送り出されるのにね、と言って笑顔で伊藤を見送った。伊藤は扉が閉まりきるまで川越から目を離さなかった。もう二度と見ることができないかもしれない、と一瞬考え、縁起の悪いことを考えるべきでないと思い直した。

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